辜Kタピシ仕度をする横田)
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林 さあ金吾君。……失礼しやした。
金吾 へえ。……(二人が立上ってションボリ座敷を出て廊下を歩む)
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ザアと川の流れの音。道端の水車の音が、ギイ、ゴトン、ドサン、ザアと響いて、林と金吾が歩いて行く足音。
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林 ……仕方が無え、あきらめるんだなあ。
金吾 へえ。
男一 (手車を引いてギイ、ガラガラとやって来たのが)ああ林さん、あんたが、海尻に現われるのは珍らしいなあ。どちらへ?
林 やあこりゃ。ちょっと、そこの立花旅館だ。どうかな。この秋は?
男一 はい、先づ先づと言うとこで。ごめんなして。(ガラガラと遠ざかる)
林 ごめんなして。……(あとは二人が又黙々と歩いて行く)
金吾 ……林さん、俺あ辛いんでがす。あの別荘と山林と畑は何とか俺の手で守らねえと、黒田先生に対して申しわけがねえんでやす。身を切られるように、つらい。
林 そりゃ、よくわかるが……問題が金の事でなあ。それもいっとき余裕があれば、私の手でも何とかしてあげたいが、なにしろああ急いでいては仕ようが無い。どうもへえ……諦める他に無えなあ。……じゃ私あ、ちょくら寄って行く所があるから、ここで。
金吾 そうでやすか。どうも、とんだお手数をかけやして、いずれ又――
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角を曲って遠ざかる林の足音。
ションボリ歩く金吾の足音。ギイギイ、コトンと水車が近づき、それが遠ざかる。……川波の音。それが、フッと消える。
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喜助 (離れた所から寄って来ながら)よう、金吾、どうした?
金吾 おお喜助さん。
喜助 どうも、その顔色じゃ、話あうまく行かなかったな?(家の方を振り返って)おーい、お豊よ! 金吾が戻って来たぞう!
お豊 (クスンクスン言う赤子を抱きながら出て来る)あい。金吾さん、そいで話はどうだったかいな?
金吾 駄目でやした。直ぐにも六千積まねば、明日にも轟さんの方へ登記をすましちまう様子だ。
お豊 弱ったな。……まあま、おかけなして。
喜助 そうか。畜生め、金が仇たあ、この事だなあ、うむ。どうだ金吾、お前も男だ。その黒田さんの別荘も山林も、ここんとこで一度サッパリ諦めるわけには行かねえのか? そのうちに金え溜めて轟から買い戻せばええのだ。え、諦らめろ!
金吾 そう言ってくれるお前の気持はありがたいと思うが、喜助さん、俺あ、どうしても諦らめるわけにゃ行かねえのだ。
喜助 駄目か?
金吾 馬鹿だと、俺のこと笑ってくれろ。
喜助 ……ようし! よしっ! お豊、金え出せ。内にある金、一文残らず、洗いざらいすっかり出せ!
お豊 だって、内にゃ百円とちょっとしか無えよ。まだ三千円から足りないと言うのに、百や二百じゃお前さん――
喜助 グズグズ言わずに、出せいっ……
お豊 (帯の間から財布を出して)だけんどさ、どうしようと言うの、これんばっち――
喜助 (それを引ったくって)俺に五六十はあらあ。途中で百円ばかり借りて行くと。じゃな、俺あチョックラ出かけて来るからな、どうで夜になるだろうが、首尾が良ければ明日の朝までにゃ落窪へ行くからな。朝になっても俺が行かなかったら駄目だったと思って、あきらめてくれ。ちっ、何をクソ、畜生め!
お豊 どこへ行くんだよ、お前さん?
喜助 馬流の地蔵堂だ。今日はたしか出来てる筈だ。
畜生め、今日と言う今日は、場のもなあキレーにかっちゃげて来て見せるからな。
お豊 するとお前、あれに行くんだな。
喜助 そうよ。お前と世帯を持って以来フッツリと断って来たが、今日だけは見のがしてくれ。うぬがためにブツん、じゃ無えんだ。金吾がこうして青くなってるのを見すごしておけるもんけえ。
千と二千とまとまった金だ。これ以外に拵える手は無えんだ。
お豊 だって警察があぶないよ!
喜助 なあに後になってつかまったって、そいつは覚悟だ。けっ! 行って来らあ。金吾、内に帰って当にしねえで待っていてくんな!(そのまま、トットッと小走りに立去って行く)
金吾 そんな、喜助さん! おーい、喜助さあん! 困ったなあ、お豊さん!
お豊 ふっふ!(これは、もう諦らめて笑っている)いいんですよ金吾さん。こうと思ったら、人がとめたってとまる人じゃありませんさ。
金吾 すまねえなあ、あんたらにまで、こんな心配かけて。だけんど、喜助さんつう人は、良い人だなあ!
お豊 ふ! 良いんだか悪いんだか、ああいう人だ。
金吾 すまんなあ。実あ川合の壮六が居てくれりゃ、多少は相談にも乗ってくれていようが、ちょうど半月前から試験場の用事で青森の方へ出張してて――とんだ、どうも、あんたらに苦労をかけやす。
お豊 なあに、そんな事あ、相みたがいだ。だけんど考えて見りゃ不思議な
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