すが――いえ、馬流にもゴム輪の馬車の二台ぐらい有るのです――県庁の斉藤さんからも是非それを仕立てるようにとの事でしたが、あいにく二つともこわれていまして、こんな、どうもガタクリで。
勝介 なに、結構だ。この方が、かえって気らくで良い。なに、今度は本省の方とは関係のない、まあ私用の旅行でね、県庁の方も素通りして来た位だったが、昨夜馬流に泊ってさ、考えてみると、これが附いて来ている、当人は初めからの約束で歩くと言うが、そうもならんし、それにどうせ案内の人は欲しいんで、ツイ県庁の方へ電話したら斉藤君が騒ぎ出して、どうも君にまで御迷惑をかけてしまった。
壮六 いえ、その、迷惑などとはとんでもございませんで。ホントは斉藤さんが飛んで来なきゃならんが、あいにく県農会の会議があるんで、おめえ行ってくれって――私は農事試験所の助手のようなことしていやして――はあ、いえ、おもに稲作の方のことをナニして――出身が馬流でやすもんで、はあ。
勝介 まあまあ、そう窮屈にしないでラクにして下さい。とにかく、こういうヤンチャなコブがくっついて来ておる。
春子 だってお父様、この春からのお約束じゃなくって?
勝介 (笑いつつ、それを無視して、壮六に)夏休み中にどうしても信州へ連れて行けと言うんでね、はは。いや、もともと、高い山の中で生れた子でね、わしが北海道の奥の高原に入りこんで、あの辺の林を見ていた時分――そこでまあ、生れて、育ってこれの母親は、そこでまあ死んだが――そういうわけかね、むやみと高い所が好きだ。どうしてもついて来ると言ってきかん――それに、この辺でカラ松を実生から育てて、苗木を出そうと言う仕事を見てくれと、ここの県庁あたりから頼まれていることもあり、わしもこの辺は何度も来て好きなんで、この奥あたりに時々やって来て住めるような小屋を建ててもよいと思っているもんだから、その下検分と言うかね。
壮六 そうでございますか。この辺も早く鉄道でも通ってくれると、ありがたいですが。
勝介 いやいや、いずれ小諸あたりから鉄道は通じるだろうが、これで戦争成金なんかじゃない、まあ山ばかり歩いている学者でね、まあ、貧乏人が山小屋たてようと言うには軽井沢へんよりはここらがよかろうと言うのさ。なにかね、この辺で、土地や山林を貸すとか売るという話はどんな人に相談したらよいのかね? いや、いずれそういう事になれば県の方へジカに私から話せばよい事だろうが、その前に土地のことをいろいろ聞いときたい。
壮六 はあ、それは、その柳沢の金吾――先ほど申しあげました――私よりも金吾の方がこのへんから奥のことについてはくわしいものですから、海の口から先きは金吾に案内いたさせようと思っております。同じ馬流の生れでありまして、私とは幼な友達で、ズーッと海の口のはずれで開墾に雇われて稼いでいる、しっかりした男です。
勝介 金吾君と言うのかね、そんなにこの辺のことをよく知っている――?
壮六 はい。もうズーッと、この奥で高原地の百姓したいと言うんで、そいで土地を買う金を溜めるために開墾で働らいている奴です。家が微ろくしちまって――それに、、この辺の平坦地には、もう余分の田地はありゃせんから。
勝介 そうさねえ、うむ、そりゃ、この辺の高原地はやりようで麦やジャガイモや、それから酪農、まあ北海道へんのような農業には向くかもしれん。そうかね、そりゃ、私の方でも、そういう人には会ってみたい。君の友達と言うと、まだ若い人だね?
壮六 はあ、私と同い年です。ああ、そろそろ海の口です。あの右手の崖の上の雑木林で働らいているのでがして。

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(ガラ、ガラ、ガラと車輪の音、トテ、トテ、トテーとラッパ)
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春子 あら、ら!
勝介 どうした春?
春子 ほら、ほら、あれごらんなさい、お父様! あすこ!
勝介 ははあ、子供たちが泳いでいるな。おお、おお!
春子 それがね、私、あの岩の上に、なんだか赤い岩が乗っているなと思って見ていたの。そしたら、ラッパが鳴ったと思ったら、その赤い岩がいちどきにこっちを向いてピヨンと飛びあがって、両手をあげて、そいで、ポンポン水の中にとびこんだの! まるで蛙だわ!
勝介 はは、いいね。この辺の子たちも!
壮六 (笑いを含んで)こういう寂しい所なもんで、よその人でも馬車でも、何を見てもハシャグんでして。
春子 私も泳ぎたくなった。泳いじゃいけないお父様?
勝介 そら、いかん! この辺の子は馴れているからよかろうが、春があの水につかったら、いっぺんにふるえあがる。冷たいのだ、ここらの水は。
春子 くやしいわあ!
壮六 さ、来やした。この上ですから――(馭者に大声で)小父さんよ、ちょっくら停めてくんない。
馭者 ああ?、停めるか? よしよし、どう
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