ゥしもう既に時代は研究という時じゃないしね。第一、お父さん亡くなられたんだから、それもおしまいで。
――実はね春子、私の山の方の株式に大至急、どうしてもまとまった金が要るんでね、勿論長与の方の家庭なぞも一切合切金にした。しかし、それでも少し足りないんでなあ、ここの山林と、そうだあの小屋はちょっと買手は附くまいが――この畑なども一応金に変えたいと思って、急にこつちへ来たんだ。あんたも気持よく賛成してくれ。ここらの地価などどうせ大した事はあるまいが、どんなもんかねえ、金吾君?
金吾 そうでやすねえ。どうも私にゃ――
春子 それは、あなた、それは困るわ。お父さまのナニだし――そりゃ麻布の土地家屋をああして二重に抵当に入れたりなさるのは、まあ仕方がありませんけど、ここの山林や小屋や、この畑は、いけません。
敏行 はは、女にゃわからんよ。私の山が当れば――当るに決っているがね――ここらの山林なぞ千町歩だってソックリ買えるさ。まあまあまかせて置きなさい。
春子 いけません! それだけは、かんにんして! そいじゃ私、お父さまに申しわけが無いの、ねえ金吾さん!
敏行 そうか。……しかし、言っとくが、黒田家の現在の主人はこの私だ。私は私の好きなようにする。承知しといてほしい!
春子 そんな――事おっしゃったって――お願いですから。
敏行 (ガラリと調子を変えて、笑って)はは、まあいいて。心配しなさんな、はは、私も男だ。なあ金吾君!
金吾 はあ。……
敏行 さ行こう。そいで直ぐ一緒に東京に帰ろう。
春子 え、直ぐ帰るんですって?
敏行 ああ、その気で私は何の仕度もして来ないんだ。
春子 ですけど、それはしかし――だって麻布には、まだイザベルさんがいらっしゃるんでしょう?
敏行 又はじまった。こんな所で焼餅かね? イザベルはもう出したよ。大丈夫だ。
春子 いえ、そういう意味で言っているんじゃありません。あの方だって、はるばるフランスからあなたを慕って来た方なのに、そんな追い出すなんて――
敏行 お前はあの女を何だと思っているんだ? ありゃ、パリで食いつめて、そいで日本に金もうけにやってきただけの女だぜ。僕はただ、その道具になっただけさ。
春子 それでは、しかし、あんまり人情の無い――
敏行 だけどあんな女と一つ家にはいられないから、出してくれと頼んだのはお前だったんじゃないか? それをその通り、出したとなると又そういう事を言う――
春子 いえ、私の言うのはそんなんじゃ無いの。同じ女同志として、いくらなんでも、はるばるやって来た方をですね、出て行ってもらうにしてもそんなムゴイ事を――
敏行 まあま、その話は後でゆっくりしよう。それとも何かね。東京に帰るのは、どうしてもイヤかね? どうしてもいやならイヤで、私もそのつもりで――
春子 どうしてもイヤだなどとは言ってないじゃありませんか。
敏行 そいじゃ問題ない。まあま、心配しないで私にまかせて大船に乗った気でいるんだ。はっははは! ああ金吾君どうした?(振返って)金吾君! 一緒に君も帰ろう。
金吾 はあ、いえ……(離れた所をついて来る)
敏行 浮かない顔をするなあ。どうしたんだ? はっははは?
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山鳩の声
音楽
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[#3字下げ]第8回[#「第8回」は中見出し]
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春子
敦子
木戸(次郎)
横田
金吾
喜助
お豊
林
男一
男二
音楽
[#ここで字下げ終わり]
春子 いえ敦子さん、みんな私が悪いの、あなたのおっしゃる事なぞ、昔からズーッと、聞こうとしなかった、この春子が悪いのですから、すべては自業自得ですの。
だのに困ったことのあるたんびに、あなたの所にやって来ちゃあなただけでなく、こうして木戸さんにまで御心配をかけるなんて虫が良過ぎると思うの。ごめんなさいね敦子さん、木戸さんも、どうぞかんにんして下さいね、だって、ほかに、行くところが無いんですもの。
父の親戚は、もうほとんど無いし、一二軒残っているのはみんな岡山の方にいるんだし、長与の方の親戚はみんな私の事なぞかまってくれないの。また、敏行がああして自動車をのりまわしたり、帝国ホテルで株式の創立総会を開いたり。
ハデな事ばかりしているのを見ていれば、誰にしたって、その蔭で私たちがこんなに困っているとは思わないでしょう。敦子さん、あなたにはこれまでホントの事を言わなかったけど、今日は言ってしまいます。父が私のために残してくれた財産は、もうスッカリ敏行のために使われてしまったの。麻布の家は幾重にも抵当に入っているし、渋谷の方の土地は売り払ってしまったし、それから株券だとか宝石や貴金属なども一つも残っていません。そしてあの人はああして新橋の方にその芸者の人
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