金吾 えらいのなんのと、そんなこっちゃ無えですよ。わしらはそうしねば食って行けねえからしようことなしにすることだ。
香川 だからさ、僕らみたいに学校教育の中にアンカンとしてるだけでは、しょうが無いんだな。実あね、今度来てみるまではそれほどにも思っていなかったけど、例の水田ね、一昨年やって来た時、君あ、あすこにホンの十坪ばかりを囲って水を入れてジャブジャブひっかきまわしていたんだ。僕が見ても、まるで子供のママゴトみたいで、トボケタ話だと思ってたんだ。それが今度来て見たら、そうさ、あれでいくらの実も着いちゃいないけど、とにかく稲が育っているんだ。驚ろいちゃった。黒田先生もそう言っていられた。とにかく考えていては、出来ることじゃないって。
金吾 いや、わしら、考えようにも、そったら頭あ無えんだから、たゞめくらめっぽうにやって見るだけでやして。それが時には、まぐれ当りに当るだけでね。もっとも、あの稲についちゃ、半分は川合の壮六の骨折りだ。彼奴は俺のためにはるばる試験場からいろんな種もみ運んで来ちゃ、泊り込みで加勢してくれてね。奴は稲作の事にかけちゃ、あれで随分勉強もしてやすから。
香川 だからさ、その川合君の勉強にしてからがさ、直接にこゝらの土地や百姓と取りくんでする勉強と、僕等が教室で教わる学問との違いだよ。
金吾 そら、壮六と言う野郎は偉うがす。ヒョンヒョンと、いつもヨタばっかり飛ばしているが、中学校も二年ばかし行ってるしね。は、あの稲が二つ三つ花を附けた時の彼奴の嬉しがりようと来たら!
香川 そうだろうなあ……
金吾 アゼに立って、歌あ歌って盆踊りを踊り出す始末だ。しまいに、俺の頭あ、ぶっ叩きやがったっけ、はっはは。
香川 わかるなあ、その気持は。……(泥を叩く)川合君と言えば、ここんところしばらく、やって来ないなあ。(チョット歌の真似)やーれ、盆が来たのにっと。……歌がまだ習いかけだ。やって呉れないかな。
金吾 奴も忙しい身でねえ。この秋あの水田で育った稲から米の一升でも取れたら、その祝にあのタンボで酒え飲んで踊るんだなどと言ってる。……(石で床を叩きつゝ、歌の続きを口ずさむ)踊らぬう奴は、と。
香川 妙なことで、こんな所に来さしてもらって、君や壮六君などと知り合いになって、僕あ実際、思いがけない大事なことを知ったな。……(歌のつづき)木ぶつ金ぶつ。
金吾 (歌)石
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