その音)
壮六 そう言えば、あの前からおのしは、あのお嬢さんのツラばっかし見ていたなあ。
金吾 ……(木を切る)
壮六 おかしな野郎だ、おのしと言う男も。
金吾 壮六、お前もう帰れよ試験場へ。仕事の邪魔だ、そこでいつまでもゴヂャゴヂャしゃべくってると。
壮六 わっはは! 帰るともよ、はは。誰がこんな寒い所にいつまでも居るもんだ。小諸の大工が、もうへえ材木はすっかりきざみおえたから、こっちがよければ直ぐに運送に頼んで四五日中にでもここの建て前にやって来るつうから、県庁の斉藤さんに頼まれて様子見かたがた、やっち来ただけだ、俺あ。こいだけ地形が出来てれば、オーライだらず。
(枯小枝をポキポキ言わせて歩き出している)戻ったら、斉藤さんにやそう言っとくからな。
金吾 そうか、御苦労だ。あずかってある銭あ、まだ足りてるからな、そう言っといてくれ。黒田様の方に俺も手紙出すにゃ出すが。
壮六 (歩いて、ゆっくり立去って行きながら)年内にゃ、するつうと、ここに別荘が建っちまうだなあ。そいで、来春になると皆さんでおいでる。あのお嬢様も御一緒だらず、お前はここの世話やき頼まれてっからな、まあま、金吾、あの人見ちゃ泣き出して、よ、眼え泣きはらさねえ用心するだなあ!
金吾 野郎! なによぬかすっ!(大なたを、振りかぶる)
壮六 (小走りに逃げる真似をしながら)はははは! じゃ、あばよ!(遠ざかりながら)馬流のお祭りにゃ、ごっつおして待ってるから、きっと来うよう!
金吾 おう! フフ!(見送りつつ軽く笑う)
壮六 はは!(と森の奥に笑声をひびかして歩きながら、盆踊りの歌)
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盆が来たのに、踊らぬ人は、木ぶつ、金ぶつ、石ぼとけ……
(そのひなびた明るい歌声が森のかなたに)
[#ここで字下げ終わり]
金吾 さあて!(と低く言って、再びナタを振りあげてガッと木を切る。その音)

音楽


[#3字下げ]第3回[#「第3回」は中見出し]

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壮六
金吾
勝介
敏行
春子
敦子
香川
[#ここで字下げ終わり]

壮六 (語り) その次ぎの年の春に別荘はきれいに出来あがって、その夏から黒田様御一家がズーッと毎年おいでるようになりやした。そうでやす、あれは明治の四十一年ごろですからねえ、今でこそああして、いくらか開けやしたが、その当時は野辺山かいわいには狐や狸はも
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