リと出ました。そのちょうど真中に、この辺りには珍らしい別荘風の――と言うのは、軽井沢あたりと違って、この辺には東京の人たちの別荘など、まだほとんどないのです、古びた山小屋が建っています。平屋建の壁は全部丸太を打ちつけた式の、なかなか趣味のいい建てかたをした家でした。垣根も柵も無いままに知らず知らずその家に近づいて、窓から中をのぞきこみました。内部は大きな広い部屋が一つあるきりの、しかし石を畳んだ暖炉があったり、ガンジョウなつくりの椅子やテエブルなどが見られて、すぐにも人が住めるようになっていますが、しかしいかにも古びはてています。人の影は何処にもみえない。どうした家だろうと思っていると、不意に横手の押上窓をガタンと開けて、一人の男が顔を出しました。この辺の百姓によくある姿をした半白の老人ですが、異様なのはその表情で、ほとんど噛みつくような、憎悪とも嫉妬ともとれる毒々しい目でこちらを睨んでいる。私は何となくドキリとして挨拶をするのも忘れて立っていましたが、彼はいつまでたっても何とも言わないで、その目で私を睨みつけているだけです。その中に家の後へでも廻っていたのか、秋田犬の系統に属する大きな犬が走って私の方に近づいて吠えはじめました。
私はいたたまれなくなって、そそくさと林の方へ立去って行きました。
[#ここから3字下げ]
(音楽)
[#ここで字下げ終わり]
作者 私が再びその老人にあったのは、それから四五日後のことで、そこから二三キロもはなれた山の畑の中です。そこらは切り開かれてずっと高原の一面の畑になっているところで、やっぱり犬の声で、眼をやると、畑のフチに休みながら焚火をしているお百姓がいて、見覚えのあるその犬もいる。焚火にあたってタバコを吸っているのはこの間のその老人で、今日はもう一人別に十六七の少年がわきに坐ってこっちを見ています。私はこの間のことがあるので、なんとなく老人に向って目礼をすると、先方も犬を叱りながら焚火の方へ私を招じるような態度を示し、それで私は「こんちわ」といいながら、二人のそばへ寄って行きました。老人の態度は、先日山小屋の窓から私を睨んだときとはまるで別人のように柔和で、あのときのあの老人とはどうしても思えない位でした。年は既に六十前後でしょうが、生き生きと始終ほほえんでいるような、よい眼をしていて、頭髪やヒゲは半白だが、顔の皮ふには若
前へ
次へ
全155ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング