ら表を見ると僕んちにカーッと火がついてるんで
「火事だあっ!」と呶鳴って
いきなりハダシで飛び下りて僕んちの背戸へ来て火事だ火事だっ!
叩きおこしてくれたんだよ
父も母もびっくりして飛び出して見ると
物置の草屋根がパチパチと音を立てて燃えている
夢中になって裏の井戸から水を運んで
さあ、ぶっかけた、ぶっかけた!
オコシヤさんからもみんな出て来て井戸からバケツのリレーなんだ
花婆さんもみんなを呶鳴りつけながら水をくむ
なんとうまく行ったものか
たちまち火は消しとめたんだ
そのころになって、やっと誰かが電話してくれたと見えて
町の消防車が駆けつけてくれたけど
もう用がなくて、やれやれさ!
ところがね光ちゃんよ、おどろくなよ
そうやって火を消しちゃって
まだブスブスとくすぶっている背戸のところで
みんながやっとホッとして息を入れながら
お互いに顔を見合わせてみたら
バケツ・リレーの先頭に立っていたのが、お宅の小父さん
光ちゃん、君のお父さんだったんだ!
花婆ちゃんもリレーの中にいるし
二人とも寝巻のままで水と汗とで
グッショリ濡れて変なかっこうさ!
僕んちの火事に
君んちの小父さんがその姿で
死にものぐるいで火を消していたんだよ!
内の父も母もそれを見ると
急にお礼の言葉も出て来ない
目を白黒させてモグモグ、モグモグ
そうすると君んちの小父さんもバツが悪くなったのか
モジモジと真っ赤な顔をして
目ばかりグリグリさせているんだ!
そのコッケイなありさまと言ったら!
内の父と君んちの小父さんが仲の悪いのを知っている
オコシヤの小父さんも
火事の煙でまっくろにすすけた変な顔をして
ジロジロと両方を見くらべているんだ
ねえ光ちゃん、人生は輝きだよ!
これが人間のホントの姿さ
どんなにふだん喧嘩をしているようでも
ホントのイザとなると助け合うのだ
君んとこの小父さんは、やっぱり偉い坊さんだよ
僕んちの父だって今までのことを恥じたに違いない
これからは、きっと、君んとこの一大事には
理屈ぬきで駆けつけるだろう
みんなみんな良い人間なんだよ
これをキッカケにして君んとこの小父さんと
僕の父とはスッカリ仲良くなるにきまってる!
太鼓判をおすよ僕が!
よかったね光ちゃんよ!
手を出せよ、握手をしよう
ね、人生に栄光あれだよ!」
そう言って昇さんは私の手をにぎって振ってくれるのです
うれしくてうれしくて私は胸がドキドキして
なんにも言えず昇さんの手を握ったら
それがビッショリ濡れている
私は急に昇さんの顔が見えなくなりました
9
だけど私たち人間の喜びは
なんとはかないものでしょう!
昇さんの言った人生の栄光は
ホンのつかの間の幻よ
人間はそうかんたんには救われない!
それから二三日たった朝
父の朝のおつとめの木魚が鳴り出しても
隣からコエダメの臭いがして来ないので
私はホッとしていたら
やがて臭いが流れて来た
すると木魚の音が乱れはじめて
コエの臭いは鼻がもげそうになって
しまいに本堂の方でガタンと言って
木魚の音がやんだかと思うと
お父さんがドシドシと足音をさせて外に出て行った
カンカンに怒ったお父さんがその足で
垣根の所に行って、いきなり首を突き出して
隣りの小父さんの方を睨みつけたと言うのです
――後で昇さんから聞きました
すると隣りの小父さんも気がついて
その日は鍬こそ振りかぶらないけれど
内の父の睨む目つきがあまりに憎々しいので
小父さんの方でも次第に喰いつきそうな目でにらむ
そのまま二三十分も両方で突っ立っていた末に
昇さんのお母さんがこちらに向っておじぎをしてから、小父さんの袖を引いて家に連れ込んで行ったので
やがてお父さんも本堂にもどって来たと言うのです
それ以来、またまた以前と同じように
三日にあげず睨み合いの喧嘩です
ああ、ああ、なんと言うことでしょう
火事騒ぎであれだけ我を忘れて
力を合わせることができたのに
もとのもくあみとは、なさけない!
お父さんにしてからが
そうやって喧嘩をしているのがホントのお父さんか
隣りの火事を消しに駆けつけたのがホントのお父さんか?
「どちらもホントなんだよ、光ちゃん
いいや、僕としては火事を消しに来てくれたのが
お宅の小父さんのホントの姿だと思いたいのさ
しかしね、垣根から内の父と睨み合ってる小父さんの真青な顔を見ていると
冗談でできる顔ではないからね
それもウソだとは思えない
つまり、どちらもホントなんだよ
内の父にしたって同じだ
火事のことでは君んちの小父さんに感謝してるんだ
そして、やっぱり良い人だと言ったようなことを言ってたんだ
それがあの調子で君んちの小父さんを睨みつけるんだもの
どっちもがウソでは無いんだよ」
昇さんはそう言うのです
「だけど、それでは私にはわからないわ
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