たお金は無駄になっても、私の方としては致し方が無いと思っていますから――。
三好 そんな、そんな、そんな失敬な……失敬な事を、君、言うのはよせ! 僕あ、乞食じゃ無いんだ。そんな――。
浦上 (少しビックリしている)……だって、あなた、失敬な事を言うつもりは無い……じゃ[#「じゃ」は底本では「じや」]、どうすればいいんでしょう?
三好 どうする? どうするって、……そりゃ、あなたの方がどんな劇団か知らないが、僕も芝居書きだ。わけも無いのに金を恵んで貰う法は無い。そんな――。
浦上 ですから、最初頼んだ私の方に責任は有るんで、それだけの損失は私の方でかぶろうと言っているんですよ。恵むのなんのって、そりゃ、あなたの邪推だ、考え過ぎです。
三好 ……今返せばいいが、五十円はおろか、一円も無いんだ。(ガックリする。が、再び顔を上げて)浦上さん、……お願いだから、ホントの訳を言ってくれないかな? 頼む!
浦上 ですから、何度言っても長過ぎるからと――。
三好 違う! そいつは口実だ。長さは初めから、これでいいと言う事になっていたんだから。脚本がまずいからと言われりゃ、僕だって、それで目がつぶれる。そして今後もっとうまい物を書くように努力します。あなたも人間なら、どうかホントの事を言ってくれ。
浦上 そんな、まずいの、うまいのと言った――。(さすがにムッとしている)
三好 じゃ、誰かが何とか言ったんですか?
浦上 いやあ、別に。
三好 その筋から注意でも受けた――?
浦上 いいえ、別にハッキリと、そんな事も――。もういいじゃありませんか。そんな事を今更言って見ても全体なんになります。言えば言う程、お互いに不愉快な思いをするばかりです。あなたも、こだわり過ぎると思うんだ。
三好 こだわる! こうして僕も戯曲だけを死に身になって書いていりゃ、こだわらざるを得ないんだ。
浦上 ……あなたも、しかし、少し考えて呉れた方がいいと思うんだ。これで、十年前とは違うんですからね。時代が、どうなっているか……芝居がどうなっているか……そいつを掴みそこなえば、元も子も無いわけで――。
三好 え? 時代とは?
浦上 これで、今の時代は、十年を一年にしてグイグイ革新されて行っている世の中だから――。
三好 古いと言うの?……そうかも知れん。しかし、古かろうと新らしかろうと、僕なぞ自分のホントの量見から動き出すんでなけりゃ、一行も書けん。あわを食って、時代の調子に自分を合せようとすることなぞ、どうしても出来ん……。
浦上 いや、そんな事よりも、つまりだな、人民戦線風の考え方では、もう既に時勢のホントのいぶきは掴めない事は事実ですね。
三好 人民戦線? 僕が人民戦線だって? (眼をむいて驚いている)
浦上 いや、あなたがそうだって言うんじゃありませんよ。ただ世間にはいろんな事を言う人が有りましてねえ――。
三好 世間はどうでもいいんだ。あなたの考えを聞いているんだ。
浦上 そんな風に言われたって――。
三好 いや、知りたいんだ。良し悪しに関せず、自分の心得のために。……すると、僕の今度の作品にも、そういう所が有りますか?
浦上 ……いえ、まあ、そんな風に見る向きも有るって事を言っているんですよ。
三好 だから、どこが、どんな風に? 又、どこそこと言うんで無しに、全体が、そんな風な気分で貫かれていると[#「いると」は底本では「ゐると」]言うんですか? 遠慮無く言って下さい。
浦上 別に、それほどハッキリした事じゃ無いんですよ。
三好 しかし、すると、誰が、あなたにそう言いました?
浦上 困るなあ。誰って、別にハッキリした事じゃ――。
三好 じゃハッキリ誰が言ったわけでも無い、又、どこがどんな風に人民戦線と言った事でも無いと言うんですね? それでいて、しかも僕が人民戦線なんですね? こいつは面白い。ハッハハ、ヒヒ!
浦上 そりゃねえ、あなた見たいに言やあ[#「言やあ」は底本では「言ゃあ」]、そうかも知れないけど、社会と言うものは、そんな明瞭な定義附けで以て動いているんじゃ無いからなあ。たとえば、今の時代の全体主義なんて言うものも、別に主義としての定義附けが有って、それに依ってすべてが進んでいるんじゃ無い。この人の抱いている全体主義と、あの人の全体主義とでは、よくよく調べて見れば、まるで違っているかも知れない。ただ一つの言葉ですよ。漠然とした雰囲気と言ってもいい。でもね、それでも、全体主義……主義的気運と言うか、それを中心にした革新の動きは、実際に於て厳然と存在している事は,事実ですよ。
三好 それはそうだ。だがそれとこれとは別だ。全体主義的な革新気運と言うものは、誰が何と言っても、厳然として存在している。ところが一方、出たらめに人を差して言う人民戦線なぞと言うものは、存在
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