じゃないか。
三好 なんて言う刀です?
堀井 さあ、なんでも国なんとか言ってた。銘は、たしか入って無いよ。……しかし斬れるにゃ斬れる。
お袖 まだ大旦那様がいらした頃ですよ。猫を真二つにお斬りになって、大目玉をお喰いになってさ――。
堀井 袖、つまらん事を言うな。(三人笑う)
三好 ハハ……ちょっと拝見。(堀井から抜身を受取って刀に見入る)
堀井 チョットしたもんだろ? 五六代前のじじいから伝わっていると言うから、なんしろ古いもんさ。
三好 ……。
堀井 (その辺を見まわして)なにはどうしたの、あの綺麗な娘さん?
お袖 登美さんは、まだ離れでおよってです。
堀井 寝てるか。大した度胸だね、近頃の若い娘なんてえものは。
三好 いいな……(刀に見入っている)
堀井 相当の家の人らしいじゃないか? 文学少女と言うのかね?
三好 なんですか?
堀井 離れの娘さんさ。
三好 登美君? いやあ、文学少女じゃ無いんでしょうね。
堀井 あれ、君とはどう言うんだい?
三好 どう言うとは?
堀井 とぼけなさんな。
三好 とんでも無え。ただの知りあい……女房が女学校につとめていた頃、一二年教えていたから――。(その話に興味が無さそうに、刀身を見ながら言う)
堀井 そりゃ知ってる。君の奥さんが亡くなられる前もたしか泊りこみで看病していたのを見かけた事がある。奥さんをよっぽど好きだったんだね?
三好 そうです。死んだ奴が丈夫な頃も、よく泊りに来ていました。
堀井 (話がシンミリして来たのを、はぐらかすようにニヤニヤして)チト怪しいぜ。立候補でもしたんじゃないか? なくなった先生の御亭主の後釜と言うやつに?
三好 え? じょ、冗談言っちゃいけねえ! そんな事、登美君に聞かれたら、あなた、噛みつかれますよ。
堀井 ハハハ、ハハ、噛みつかれちゃ、かなわん。……だが、いずれにしても悪く無い、劇作家や小説家なんてえ商売も。あんなのがノコノコ、たよって来る。
三好 なに、行き先きが無いんでころげ込んで来ただけですよ。
お袖 ですけど、お家の方でも話がわからな過ぎるじゃありませんかねえ。登美さんの方で財産は要らないと言ってるんですから、その通りに運んでやればいいじゃありませんか。
堀井 財産は要らないと言うのか? へえ、もったい無え! 俺にくれんかなあ!(三人声を合せて笑う)だが、なんだね、そ言ったとこも、モダンガールにしちゃ、チョイト小股が切れ上り過ぎてる。
三好 モダンガールじゃ無い。
お袖 (茶を入れながら)だけど、なんですよ。私は感心しているんですよ。あれでいて、きまりきまりだけはチャンとしたもんですから。黙あって三好さんの下着まで洗濯なさる。
堀井 それにしても登美と言うなあ、時代だね。お登美さんか。(茶を呑む)
三好 ……(抜身を鞘に納める)このままじゃ持って行けませんね。
堀井 行くまでに拵えを直させるよ。
三好 この方は、なんです?
堀井 お不動さんの画だ。
三好 (軸物を開きながら)これも持って行くんですか?
堀井 いや、一所に入っていたから出して来たまでだ。
三好 ……(小さい軸物を開けて、そこに描いてある真赤な画を見て、ギョッとする。次に吸いつけられたように画に見入る)……ふーむ。
堀井 金《かね》なんとかてえ人の描いた、古いもんだそうだ。
三好 ……ふーむ。こいつは――。ふーむ。
堀井 唸る事あ無かろう。
三好 ……先生、これ持っていらっしゃい。刀なんぞ、くそくらえだ。
堀井 医者が仏さんなんぞ持って行けるもんか。気に入ったら、君にあげようか。
三好 そんな無茶な……。でも、持って行かないんなら、僕に貸しといて下さい。
堀井 いいさ。他にあげる物と言っても、なんにも無い。その煙草入れは気に入ったらしいけど、駄目だしなあ。これでも親父があちらから持って帰った時は、関税だけでも百円近く取られたらしいけど、こうして封印を附けて書き出して見ると、たしか七十円たらずだよ。なさけ無いや。まあ、そのお不動さんでも持っていたまえ。もしかすると、そいつが僕の形身になるかも知れん。
お袖 先生、そんな――。
堀井 いいよ、わかってるよ。大袈裟な事あ、俺あ、きらいだ。だけどね、……たかが軍医で行くのに、死ぬの生きるのと言うのも変な話だけど、実あ正直の事言やあ、……今迄みたいにしてフラフラやっているなあ、いやんなっちゃった。死んだっていいから、もっとハッキリした事をやらないじゃ、もう、俺あ、たまらん。
三好 ……(急になぐりつけられでもしたように、首をうなだれて聞いている)
堀井 人間、四十になって、こうして、先祖以来の家にも住めん。診療所も院長と言うなあ名ばかり、月給九十円の雇人だ。キョトキョトしながら、人にかくれて、親子三人アパート住いだからな。アッハハ。いくら
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