現状だ。ふざけるなと言うんだ。そんなものは屁理窟だ。戦争をするのに絵や小説や芝居は要らんのだ。そんなものが無くっても戦争はやれるんだ。それをだな、インチキな文化主義者達共の歯の浮くようなゴタクに踊らされたり、今迄うぬらが当てがわれていたケチックサイ屋台骨に恋々としてしがみ附いていようと言う量見を捨て切れないために、科学の独立がどうのこうの、文壇や劇壇なんて吹けば飛ぶようなものが、うんだのつぶれたのとゴタゴタやった末が、見ろ! 却って、その辺に氾濫している小説や芝居が、どれもこれも時局便乗の、きわ物になってしまうんだ。あたりまえだ。士が切腹しなきゃならん時に立ち至って、死にともながれば、卑怯者になるのは当然だ。芸術が死ななきゃならん時に、死ねなければ、オベッカ芸当になるのは、わかりきってるよ! そうじゃないか?
佐田 ……わからんなあ。すると、あなたのしている事は、なんですか?
三好 僕がしている事?
佐田 そんな風に、文化は亡びなければならんと思っていながら、あなたは、そいでも戯曲を書いている。
三好 ……(虚を突かれて、ギョッとし、口をモガモガさせていたが、やがてガックリと肩を落して唸る)うむ。……そうだな、俺あ、……まだ、俺なんか、駄目だあ。
佐田 そいつが、しかし、人から人民戦線だとののしられていりゃ、世話あ無いですね。
三好 なんとでも言うがいいんだ。その内には……その内には、この俺が、この俺こそ、チットは書いて見せる! 必らず、書いて見せる。それまで、何とでも言え、何と言われたって、俺にゃ、自分の量見をひん曲げて、タイコモチの真似は出来ん! きわ物の時局便乗物は書けん! そんな事をして、自分をいつわり、今の時代に時めき、それに依って、此の、此の偉大な時代を軽しめ、日本を嘲弄する気にはなれんのだ! (殆んど号泣するに近い)そんな事をする位なら、俺あ、このペンをおっぺし折って、首でもくくってくたばってしまう! それ以外の事なら、どんな苦しみでも俺あ耐えて行く覚悟でいる。しかし、しかしオベッカをしなければやって行けん苦しみにだけは、俺は耐えきれん! それだけは耐えきれん。それだけは、こらえてくれ! (頭をかかえ、机の上に突伏してしまう。背が波を打っている)
登美 (いたましそうに、それを見ている)……三好さん。
佐田 ……(これもマジマジ、三好の背を見守っている
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