、蛇に見込まれたのと同じで、もうおしまいなんですよ。それを僕は言っているんだ! 第一、あなたに今見捨てられたら僕はどうなります? いやいや、世間的な事や生活の事では無く、仕事のホントの道筋、芸術の本堂にこれから分け入ろうと言うのに、そいつの手がかりが無くなるんだ。そうなったら、僕あ、こうしてやっていても死ぬにも死にきれない! 世渡りの事や生活の事は、そいっちゃなんだけど、世話してくれる人は、捜せば、ほかに有ります。しかし文学の、この、戯曲の正念場で、人間として、僕のぶつかる相手になってくれる人は、日本広しといえども、あなただけしきゃ居ないと僕は思っているんだ。これだけは解って下さい! そして、そんな冷たい事は言わないで下さいよ。僕の量見がまちがっていたら、かんべんして下さい。あやまります!(懸命に言いながら、畳に両手を突いている)
三好 (弱り果てて)いやいや、俺の言っているのは、そんな事じゃ無いんだ。そんな君、あやまるの何のって……。弱るなあ。だから、それなら、それでいいんだから、一緒に[#「一緒に」は底本では「一所に」]勉強して行こう。実あ僕もその方が、うれしいさ。ただ君の方の事情も事情だから、僕あ――。
轟 (手を上げて)いやあ、どうも、お前なんぞと附き合うのは、もうごめんだと言われたのかと思って、びっくりしちまったんですよ。
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(そこへ下手の庭口から、折カバンを下げた浦上豪三が入って来る。俊敏そうな、垢抜けのした洋服姿の三十才位の男)
[#ここで字下げ終わり]
浦上 ……今日は。
三好 (振返って)やあ、おいでなさい。(縁側へ立って来る)どうぞ。
浦上 こんな所から失礼して。(靴を脱ぐ)ベルが鳴らないようですね。……(あがって、手を突いて挨拶をする)先日はどうも失礼しました。
三好 いやあ、こちらこそ。(自分の坐っていた坐ぶとんを裏返して出す)どうぞ、此方へ。
浦上 (室に入る)実はもっと早くあがらなきゃと思っていたんですが、大阪の公演を控えていたもんで、まるきり、暇が無くて――。
三好 いや。……劇団の方、その後うまく行っていますか?
浦上 おかげで、まあ、どうやら……。
三好 ああ(轟に)君、浦上さんまだだっけ?
轟 ズーッとせん、一度此処でお目にかかった事だけは有るんで、僕の方は存じていますけど――。
三好 そう。……(浦上に)浦
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