の?
紙芝 あんたは?
トヨ ボツボツ行こかなあ。
紙芝 久保多だつて言ひましたね?
トヨ 久保多の三業で茶屋の青柳と言ふ、表向きは仲働きぢやと云ふがね。名前はおトヨ。通りがかつたら寄つて下せ。
紙芝 ……青柳。……そいで、全体、いくらで?
トヨ 前借二百円です。……手取りが百十円。しかし、それば、新家の借家の借金の方へ廻したら、一文も残るどころか、まだ足らん。赤の養育料は向ふで稼いで送らんなりません。しかし、ああに、死んだと思へば、あんでも無えさ。私、やります。
紙芝 死ぬ時は、その髪の毛を抱いてお死によ。おかみさん――(眼は前の方をヂツと見詰めてゐる)
トヨ へ、あんですの?
紙芝 いやあ、これは芝居のセリフだ。(先程から男の腕の中でモズモズしてゐた幼児が泣き出す)
トヨ ああ、泣き出した。
紙芝 よしよし、腹が空いたのか。よしよし。
トヨ 私が乳をあげよう、先刻から張つてならぬから。どれ(と幼児を抱き取る)
紙芝 すみませんねえ。
トヨ (惜しげもなく、丸い乳房を出して幼児にふくませる)あれま、こんねに、むしやぶり付くわ。(紙芝居は外へツカツカ出て行つて、何となく崖の方を向いて立つてゐる)……ああ、妻恋では、私が赤も泣いて居るぢやろな。
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(間)――(崖の端に立つた街燈の裸かの電球にポカツと灯が入る。山間の常で急に夕闇が立ちこめるのである)
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トヨ ……ああ電気、ついた。
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(間)――(紙芝居は硝子越しに乳を飲ませてゐるトヨを覗いてゐる。青い顔になり、総身ガタガタふるえはじめる)(遠くで、眠さうな自動車のラツパ)
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トヨ あれ、もうええのかや? はあ、飲んでしまうたら、直ぐ寝よる。これでよい。さあ、あんたさん、どうしたの、あんたさん。
紙芝 (顫える掌で、むやみと顔中をこすりながら)あつしでござんす。信州の旅人時次郎でござんす。一旦出て行く事は出て行つたが耳に付く子供の泣声……ハハハ、ま、かう言つた調子だ。ハハハ(と言ひながら入つて来る)これはありがたう。(幼児を受取る)
トヨ 寒いのかねえ、えらく顫えて?
紙芝 いいえ、何でもない。
トヨ んでも、えらく顫えてさ。
紙芝 何でもない。ハハ(と笑ひかけるが、喰いしばつた歯が笑はせないのである)……ウーム。
トヨ さうれ。
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