方が、もっと苦しいし、そしてホントの苦しみであると思う者である。だから、「金持の娘に生まれ育ったことが彼女の文学的社会的成長のめぐまれた条件であるかのようにいう批評家は、まちがっている」というような考え方や、「出生の中ブルジョア的環境は、むしろ挫折をさそい易いマイナスの条件である」というような断定や、「それだけにより多くの努力と堅忍が彼女の生き方に求められた」というような言い方は、マルクシストにしては珍らしい「精神家」的感傷であり、いくらかコッケイな傲慢さであって、一言に言うと、それこそ「まちがっている」と私には思われる。宮本百合子がえらいのは、わかった。しかしどういうわけで、こんなアホらしい事まで言って、えらいえらいと祭りあげる必要があるのか、私にはわからない。仮りに、貧しい家に生まれ育ち、文字通り刻苦勤労して自分の汗の代価で自ら食って来た女が、宮本百合子が到達しているような所へ到達したとするならば(もっとも、そんな女は、たいがい、宮本百合子みたいな人間にはならんだろう)、その方がズットズットえらい事だと考える方が、もっと自然なように私には思われる。また、そのような女が自己の肉体と精
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