受けるのは、いつでも夫であり、とくに扱われている問題の性質上しまいに行くにしたがって、この夫は完膚無きまでに手キズを負わされてくる。その手段と経過と結末は、二重三重に念入りで、ほとんど残酷といってもよい位である。それはダムダム弾式の残酷さだ。入り口は小さく、それとなく見えるが内臓をズタズタに引裂く。むしろ、この作品が、たとえば「別れたる妻が別れたる夫に送る手紙」と言ったふうの形と態度で書かれ、その中でその妻が直接的に夫の非を鳴らし、悪をあばき、嫌悪と憎悪を叩きつけた方が、まだしも、相手の男を傷つける事がこれよりもすくないであろうと思われる。これは冷酷というものである。そしてこの冷酷さは近代的リアリズム小説作法が命じている冷酷さとはちがう。近代的リアリズム小説作法の命じている冷酷さは、作中の人物のことごとくを、ホントに等距離に置いて、同時に突き離して見るという事である。『伸子』においては、そうなってはいない。これは、ただ単に非人間的なまでに念入りにエゴイスティックな、二重にマキアヴェリ風な冷酷さである。そしてそれはもちろん、ブルジョア気質のチョウコウの一つだ。
チョウコウは、まだ他にも
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