えそこなう事だってある。
私の知っている奥さんに、自分の使っている女中を「おナベや、こうするんだよ!」といったような物言いをして、ウソもカクシも無く「専制的に」こき使う人がいる。又、もう一人の奥さんは、女中に対して「あなた」と言い、すべて用をさせるにも「人間的」に「民主的」にやる。そして実際においては前の奥さんと同じ程度に、いや非常に往々に前の奥さんよりも更に専制的にこき使う。だから前の奥さんに使われている女中の方が後の奥さんに使われている女中よりも、まだしも人間としての資格と権利を、よりたくさん認め許されており、したがってノビノビと自由で幸福であった。そんな例があった。そのどちらが良いとか悪いとかでは無い。言って見れば、どちらも鼻持ちがならない点では似たり寄ったりだ。しかしすくなくとも前の奥さんの方が正直でだけはある。後者は、二重の虚偽に立っているだけに、より手ごわく、「進化」した形であり、より尖鋭に当世風であり、つまるところ「選手的」にブルジョア的だと言えよう。
宮本の『伸子』における公平ゴッコは、彼女の持っている抜きがたいブルジョア気質の、一ひねりひねった現われであるように私
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