方が当っている。だから、自分でも困った。分裂のギャップを埋め、統一しないことには、ガマンができなかった。ばかりで無く、私自身の中の論理のためにも、これはジャマになった。だから、いろいろとやって見た。そして、分裂は埋まり、統一された。その経過のあらましを、次ぎに書きつけるわけである。

          2

 まず、彼女の書いたものを再三再四くりかえして読み、考え捜しながら、私自身の中をほじくり返し洗いあげた結果、次ぎのことが私にわかった。
 宮本百合子が、唯単にブルジョア出身であるだけでなく、現に高度にブルジョア気質の人であるという事、そしてその点が他のどのような事よりも私の気に入らなかった理由であったことである。
 ――待ちたまえ。こう言うと、この言葉だけで、宮本の悪口を私が言っているのだと早合点をする習慣がある。とくに、今の日本の季節はそのような習慣の盛んになっているコッケイな季節の一つであるようだ。すなわち「ブルジョア」だとか「ブルジョア的」の語を、「豚!」だとか「カサッカキ!」といったふうの形容詞として受け取って、腹を立てさせたりする習慣だ。しかし私は、あまりそういう習慣を
前へ 次へ
全274ページ中79ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング