ば、少年の私が、飢え疲れて行き先きの無いままに、宮本百合子が小さい時分に通学したような女学校の柵の所につかまって、内側のグラウンドに遊んでいる宮本百合子の小さい時分のようなキレイな女学生たちを見ながら、「どうすれば、こいつら全部一度に毒殺することができるだろうか」とムキになって考えた事が一度や二度では無かった。また、青年になりたての私が、飢えと病気と孤独のために目くらめき、ほとんど行きだおれになりかかりながら、宮本百合子の生まれ育ったような邸宅の裏門のゴミ箱につかまって、苦しいイキをはきながら、「こんな家の中に、食いふとって暮しているヤツラは永遠に自分の敵だ」とつぶやいた事も二度や三度では無かった。そのような感じ方、考え方が、健康なものであったか病的なものであったか、自分は知らない。ただ、私は、そう感じ、そう考えざるを得なかった。
オトナになってから、私は、そんなふうには思わなくなった。人が先天的に「与えられ」て置かれた境遇の良さに対して悪意を持つことは、先天的に貧寒な悪い境遇に置かれた人をケイベツする事と同様に同程度に、浅薄な偏見だと言うことが、私にわかったからである。だから年少の
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