史的な人類的な義務と名誉を背負わされているのだから、それへの足ごしらえをするためには、騒いでばかりはいない方がよい。
 しかし、そのための静けさと、「日本製」似而非的ニヒリズム化から起きた静けさ――つまりキンヌキ馬の静けさ――とを混同してはならない。
 戦後派の諸氏の大半が、これを混同――と言うよりも――スリカエようとしているように私には見える。どうぞして、スリカエてほしく無い。そのためになら、諸君が、どんな苦しい努力でもしてみる価値のあることだと、これを私は思う。
 これについて、大ゲサな言葉使いで、まだいくらでもオシャベリをすることは、できるが、しかし、もう、やめよう。ただ最後に、これらの諸氏に立ち直ってほしいと思う私の心からの願望を託する言葉として、妙なことを一語だけ添える。それは、以上私の語ったこととは、縁もゆかりも無い言葉のように見えるであろうが、実は、諸氏が立ち直るための諸条件を一点に要約した言葉であると私は思う。それをわかってほしい。今、諸君にわからなければ、三年か五年かたってから、わかるであろう。もっとも、その時には、手おくれになっているかも知れぬ。こんな言いかたをする
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