生まれた。「これを最後として」絶望することができたのだ。残りなく自我の全部を絶望の中に叩きこむことができた。それだけに、また、なにものかに自我の全部をあげて叩きこむことのできた人間に、必ず、或る種の救いがあるように、救いはあった。
 ところが第二次大戦は、人類にとって二度目の経験である。そして心理的必然は「二度ある事は三度ある」という感じを生み出さざるを得ない。実にイヤな感じであり、そして、これが事実とならぬようにわれわれは、どんな努力でもしなければならないのであるが、それはそれとして、かかる感じを、さしあたり、われわれが払いのけ得ないでいる事実も見おとしてはならない。したがって、戦争からの惨害の点では第一次大戦のそれにくらべれば問題にならぬほどひどかったにもかかわらず、また、それは前よりもひどい愚かな自殺未遂行為であったと感じられているにもかかわらず、意識の底では、更にひどいものが更にくりかえされ、と言うことは何度でもくりかえされるだろうと感じられていることを否定できない。それだけに打撃は「終末的」な形をとらない。断絶は起きない。前途が、ボンヤリながら、見える。崖に立って、全身心をワ
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