このところだけを抜かして書いているのではあるまいか。そして、もし、この点で、現在こういう時代になって来たための、作者の意識的無意識的なデフォルメーションが加えられているとするならば、私は賛成できないし、これまた作者の「記録者」としての弱さ、「小説家」としての甘さの証拠だと思う。
以上の私の考察は、直接にはこの作品についてのさしあたりの感想であるが、同時に、近来盛んに試みられている記録物やルポルタージュ作品一般に或る程度まで共通して考えられることだろうと思いつつ、これを書いた。
底本:「叢書名著の復興1 恐怖の季節」ぺりかん社
1966(昭和41)年12月1日第1刷発行
底本の親本:「恐怖の季節 現代日本文学への考察」作品社
1950(昭和25)年3月25日発行
初出:大インテリ作家「群像」
1949(昭和24)年2月号
小説製造業者諸氏「群像」
1949(昭和24)年2月号
『日本製』ニヒリズム「群像」
1949(昭和24)年5月号
ブルジョア気質の左翼作家「群像」
1949(昭和24)年6月号
落伍者の弁「群像」
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