、それについて尾崎の百分の一の苦労もしようとしていないのです。これは、コッケイと言うよりもアワレでしょう。
 つまりこうです。作家尾崎一雄のアミの性質に不平をとなえる事は出来る。となえた方がよい。では、誰のアミが現代のアクタモクタをホントにしゃくい上げることが出来るだろう? 田村泰次郎のアミがそれだなどと言う人があったら、失礼ながら私はひっくり返って笑わなければならぬことも言い添えておきます。
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ぼろ市の散歩者 ※[#ローマ数字1、1−13−21]



 東京の世田谷にボロ市というのがある。
 日をきめて、道の両側に露店の小店が無数にならんで、いろんな物を売る。古着や古道具もあれば、新製品や新発明品もあるし、農具、種苗の類、荒物からナマ物、モットモらしい物からバカバカしい物――たいがいそろっている。一つ一つ見て行くと、みなそれぞれに何かの役に立つ物が多い。しかし、これを一目で見わたして一言に言えばガラクタである。共通して安直だ。売る方は血まなこで売る。買う方はヒヤカシづらで買ったり買わなかったりする。にぎやかなものだ。
 私はこの手のボロ市を好いている。物を買うことは
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