私には言えません。しかし、あり得ないとは、私は思いたくありません。そして、もし、それがあり得たら、彼等の批評の中に火が、パトスが、生み出されるでありましょう。つまりホントに立派な批評になるだろうと思われます。「それを読んでも、どうしてよいかわからない」批評を書く人に小林秀雄および小林と似たような行き方の批評家たちがおります。福田恒存などもその一人でしょう。勉強家ぞろいで、頭が良い。時々おそろしく鋭い、うがった事を言います。それで、ついて行っていると、そのうちに、前に言った事とは正反対のことを、やっぱりおそろしく鋭い、うがった言い方で言って前に言ったことを根こそぎひっくり返して見せたりします。どちらも当人はチャンとやっているのでイカガワシイ気持はしませんが、ギョッとはします。読んでいて困ることは事実です。パトスでふくれあがっている。だから非常なオシャベリになるか、でない時は失語症みたいになる。批評の言葉から血が流れ出すこともある代りに、べた一面にヘラズぐちにヨダレをまぜて垂れ流す時もある。ずいぶんいろいろにソフィストケイトしている。この人たちの批評を読んでも、頭脳の体操にはなるが、客観的
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