く知った達人が此の人生の前に立ってウーンとうなって眺めているようなもので、人生の味の諸わけが深くわかっていればいるほど、たとえば今その人生のドまんなかで生きている人が自分の生き方について迷い悩んでいる事がらについて此の達人に相談を持ちかけて見たとしても、達人は「いや人生というものはイロイロだよ。実になんとも言えん所だ。ああも言えるし、こうも言える。ああも見えるし、こうも見える。それが人生だ。」ウーンと唸るだけで、ついに身の上相談にはならんのに似ているでしょう。つまり、この種の達人は実際的には幼児と同じなのです。達人は知っています。幼児は知りません。しかし、マジマジと見つめるだけで無為である点では両者同じです。つまり、そこからゾルレンは生まれて来ないのです。言わば、この人たちは文学の「大通」です。大通と言うものは、元来助平が腰抜けになったものです。性慾旺盛では大通にはなれん。新しいイノチを生み出す力はない。イノチを生み出すためには刺戟が必要なのが、この人たちには刺戟する力がないのです。色の諸わけ、恋のくさぐさの実相を客観的に冷静に眺め得るのは腰抜けに限りますが、自分の中に生きたものとして
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