とがあるでしょうか?
 これらの作家たちの全部が非常に良い作家であると言うのは当らないと思います。また、私自身がこれら全部を必ずしも好きではありません。しかし正直に、そして自由に、文壇常識の色眼鏡や伝説などにとらわれないで見れば、これらの作家たちが、或る種の「純文芸」作家たちよりもズットすぐれた作家であることを認めないわけに行かないのです。たとえば、井上友一郎などの小説よりも大仏次郎の小説は現代の「真」に近い。眼がオトナです。文章のキタエも本格だ。そして、おもしろい。また、たとえば、ここ四、五年来の長谷川伸の書くものが、里見※[#「弓+享」、第3水準1−84−22]のものや永井荷風のものよりそれほど劣っているとは思いません。時によって、人間観照の眼のエイリさと広さにおいて里見や永井を越えていることがあります。また、吉井勇の小説は、その世界が狭く、かつ、古めかしいエスプリ一本のものですが、そのことを別にすれば、たとえば丹羽文雄や北条誠の小説などよりもズット[#「ズット」は底本では「ズツト」]世態人情の真に近く、本式の芸術的鍛錬を経たものです。また、久生十蘭の偏奇は時に鼻に来るにしても、と
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