術と見るでしょうから虚偽ではないと言うでしょうが、私はそんな複雑な言葉の使い方に馴れていませんから「自分がホントにそうしようと言う気が無いくせに、そうしようと言う」事の全部を虚偽とするのです――カンタンです。そんな虚偽ないし虚偽者を拒否しなければならぬでしょう。拒否することが出来なければ、われわれ自身の方で引きさがらなければならぬと思います。
なぜなら、われわれが「あらゆる戦争」を防止するための平和運動だから[#「平和運動だから」は底本では「平和運運だから」]と思いこんでそれに参加してセッセと努力しているうちに、状勢が或る段階へ差しかかった最も重要な瞬間に、肩を並べて進んでいた主導者または同志(平和運動の)が出しぬけに「ある種の戦争」を肯定したり、場合によって運動全体をその戦争のどちら側かへ引っぱって行こうとしたりしたのでは、われわれ自身は、実にたまったものではないのですから。いくらなんでも、私はそんな殺生な煮湯は呑みたくないのです。この事なのです、私がヘンに思うのは、それを、あまり人が言っていませんし、書いてもいません。これは問題にもなんにもならぬ事がらだからでしょうか? やっぱり
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