のです。つまり極端に言えば「そんな物をドダイなんで書いて発表した?」と言われても、しかたがないのではないでしょうか? そして、三カ月前に自分のした認識や評価(=創作活動)を現在これほど完全にデングリ返すことの出来る人は、同時に現在の彼の認識や評価を又々三、四カ月後には完全にデングリ返し得る人ではないでしょうか? そして、そのような行き方が習慣化してしまったとしたならば、その当人もその人を眺めているわれわれも共に、拠るべき所を全く失ってしまって、認識や評価の不能状態に陥るのではないかと思われます。
 Y君の自己批判や反省力と見えているものは、実は錯乱またはヒステリイではないでしょうか? でなければ、軽卒いな浮薄ではないでしょうか? すくなくとも、そのようなものを非常に多く含んでいるように思われます。そこからは、頼りになるものや持ちの良いものや堅実なものや――つまり「腹のたしになるもの」は何一つ生まれて来そうにありません。重大なことは、われわれ日本のインテリゲンチャが一般に、今になっても未だ、このようなエセ自己批判癖やエセ反省力を非常に豊富に持っており、かつ、それを何かすぐれたもののように
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