んであるかを正確に知るためにも、五年十年二十年以来の彼が何であったかを重要視します。人というのは、他人も自分もです。先ず他人の事を言えば、たとえば十年前に左に寄った自由主義者であって、六年前にファッショであって四年前から共産主義者になったというような人を、私は信じないことにしています。もうあと五年位たってから信じてもおそくあるまいと思うものですから。また、十五年前以来、ボルセビキ革命を主張した共産主義者が三、四年前から暴力否定の議会主義の平和革命を主張しても、私は信じないことにしています。もうあと五年ばかり待ってから信じてもおそくはあるまいと思いますから。また、二十年前も十年前も五年前も帝国主義者でありファッショであった人が、どんなにイキリ立って民主主義を主張しても私が信じないことはもちろんです。これが私の人間観の第二。次ぎに私は一人の人間を一個の全体としてみます。一面または一部分では見ません。その全体のあらゆる部分を見た上でその人が何であるかを判断します。ですから、言う事とする事とがちがっていたり、外と内とがちがっていたりする人をもちろん、信用しませんが、これを判断するには、その人の
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