がほめているから」であったり「切符を売りつけられたから」であったり「新劇ぐらいは見ておかないと文化人の恥だから」であったり「新劇は進歩的だと言われているから」であったり、「人が良いと言うから」であったり「自分も新劇みたいなことをしたいから」であったり、大体、そういった理由のいろいろとコンガラカッタもので見る。だから見たシバイがおもしろくても心から楽しみよろこびはしない。また、おもしろく無くても、怒ったり、立ちあがって帰ってしまったり、それきり二度と行かなくなったりはしない。いつでも軽度の拷問にかけられているような、同時に軽度の快感にくすぐられているようなウットウシイ顔と心でもって見ている。その状態と効果は、インポテントの人間がエロ映画を見ているのに一番よく似ている。非常に病的である上に、非常に非人間的である。新劇の観客の全部が全部そうでは無いけれど、私のこれまでの調査によれば、先ずこういった観客が一番多い。そして、そのような病的で非人間的な連中を常に相手にしていると、やっぱりシバイの内容や形式が、こんな連中に気に入らなければならないので、永い間には意識的無意識的に新劇と新劇人も病的で非
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