定して行われる仕事だ。それが、右のような大衆の前で、どんなに歯ぎしりをしてナニワ節などと太刀打ちをしてみても、当分の間、勝目は全く無いだろう。そういう中で、無理にも新劇をやって行こうとなると、いきおい、少数の「選まれたる」インテリまたは半インテリを相手にしなければならぬことになる。事実そうなっている。
 そして、その「選まれたる」インテリ又は半インテリが、実は、更に困ったシロモノなのである。或る意味で、これらは、右のような一般大衆よりも「高級ぶっている」だけに、実は更に低い。二重に低級なのである。先ずこの連中は、内実においては「無知な大衆」以下に無知であり、その無知をあれやこれやの僅かばかりの文化的な小ギレで装飾している。だから、庶民のナイーヴィテや健康さを持たぬ。同時に真の知識人の自立性も批判力も保持力も持たない。食慾も感受性も知能も共に救いがたく毒されて衰弱してしまっている。あらゆる強力なものからの催眠術にいつでも引っかかるような状態に在る。彼等の思考と感受と行動の機能の中心は、主として附和と雷同と文化的虚栄心にある。シバイを見るのでも、シンから見たいと思って見るのでは無い。「新聞
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