ろいろ言えないことは無い。しかし、自分がホントの興味を失った事がらについて、ものを言ってみても、役に立つまいし、第一そんなことをしていると、世間の批評家たちの多くのように、自分の食慾を毒し、自分をダラクさせ、自分を不幸にするに至る。私は自分の食慾を毒し自分をダラクさせ、自分を不幸にすることを望む者では無い。だから、「ヘド的に」が、あと何回つづくか何十回つづくかわからないけれど、最後まで演劇=新劇のことは語らないつもりでいた。
ところが、わりに最近、私をたずねて来た人たちが、次ぎのように言った。その中の数人はすぐれた青年であり、又他の数人はこれまたすぐれた劇作家や新劇専門家であり、そしてその全部が私にとって重要な人たちであった。
「あなたは演劇=新劇に興味を失ったと言っている。それでいてあなたは戯曲を書いている。しかもあなたの書いている戯曲は、言うところのレーゼドラマでは無いようだ。すくなくとも本質的には、舞台性をあなたは忘れないで書いている。すると、あなたが何かの形でか舞台に興味を持たない筈は無い。そうならば、ホントは、現実の演劇=新劇に、なにかの意味の興味を抱かぬ筈も無いように思わ
前へ
次へ
全274ページ中107ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング