私をゴウマンだと言って笑う奴があったら、笑え。仲間が、ヘンなものを食おうとしているのを「おいおい、それは食わん方がいいよ」と気をつけてやる事が、それほどゴウマンな事ならばだ。
 その一語というのは、
「文壇」から絶て、ということだ。
 解説はいらぬ。文字通りの意味である。諸君が戦場に立っていた時のように。諸君が第一作を書いていた時のように。「文壇」から絶て。
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ブルジョア気質の左翼作家


          1

 こんどは左翼的な作家の二、三人について語るつもりだが、それには、まず宮本百合子のことを、ぬかすわけにはゆくまい。ところで、なによりも先きに言っておかなければならぬ事がある。それを言わないままで話を進めることは、宮本に対して不公平であるように思う。
 それは、宮本百合子を私が、きらいであるという事だ。彼女の処女作以来、現在にいたるまで、一貫してこの作家を好かぬ。これは私において決定的なことだ。そして、もちろん、或るものに対する好悪の感情を、そのものに対する評価や批判の中に混ぜてはいけないという考えに私はさんせいである。だから、なるべく混ぜないように努力してみるつもりである。つもりではあるが、結果として、それが全く混じらないことを保しがたい。読む人は、そのつもりで読んでほしい。とくに、宮本氏自身に向って、最初にこの点の許しを乞うておく。ゆるしてください。
 ついでに、なぜキライかの理由を、書いておく。
 たとえば、彼女の処女作「貧しき人々の群」が、或る意味で或る程度まで良い小説であることは私にもわかる。わかりながら読んでいる最中でも、読みおわった後でも、私は非常に不快になる。不快の原因はいろいろあるが、その一番の根本はこの作家がこの作品の中で非常に同情し同感し愛そうと努力している――そして遂に全く同情もしなければ同感もしなければ愛しもしていない――と私には思われる――その当の「貧しい人々」の一人として私が生まれ、育ち、生きて来たためであるらしい。
 そのような出生と経歴とを、私はいまだかつて一度も、誇りに思ったことも無いし、恥じたことも無い。私にとって、それは、かけがえの無い唯一の、したがって貴重なものであった。とくに自分のそれが他よりも不幸であるなどと思ったことはメッタに無い。しかし、正直、「つらい」と感じたことは度々ある。そして、たとえば、少年の私が、飢え疲れて行き先きの無いままに、宮本百合子が小さい時分に通学したような女学校の柵の所につかまって、内側のグラウンドに遊んでいる宮本百合子の小さい時分のようなキレイな女学生たちを見ながら、「どうすれば、こいつら全部一度に毒殺することができるだろうか」とムキになって考えた事が一度や二度では無かった。また、青年になりたての私が、飢えと病気と孤独のために目くらめき、ほとんど行きだおれになりかかりながら、宮本百合子の生まれ育ったような邸宅の裏門のゴミ箱につかまって、苦しいイキをはきながら、「こんな家の中に、食いふとって暮しているヤツラは永遠に自分の敵だ」とつぶやいた事も二度や三度では無かった。そのような感じ方、考え方が、健康なものであったか病的なものであったか、自分は知らない。ただ、私は、そう感じ、そう考えざるを得なかった。
 オトナになってから、私は、そんなふうには思わなくなった。人が先天的に「与えられ」て置かれた境遇の良さに対して悪意を持つことは、先天的に貧寒な悪い境遇に置かれた人をケイベツする事と同様に同程度に、浅薄な偏見だと言うことが、私にわかったからである。だから年少の頃の反感は、宮本百合子に対して、完全に私から消えた。以来、私にとって、宮本百合子など、どうでもよかった。自分に縁の無い、好きでもきらいでも無い路傍の女文士であった。もっとも、その間も、この人の書いたものの二、三を読んだ記憶はある。しかし、たいがい自分には縁もユカリも無い世界のような気がし、加うるにその書きかたも書かれた人物たちもなんとなくキザなような印象を受けることが多く、しかし、けっきょく「こんな世界もあるのかな」といったふうの、自分にもあまり愉快では無い無関心のうちに読み捨てたことである。また、この人のソビエット行き、ならびに、それについての文章などにも、ムキになって対することが、私にはできなんだ。それから太平洋戦争の、たしか直前ごろ発表された宮本の文章の一つに、彼女が、たしか中野重治らしい男とつれだって執筆禁止か又はそれに似た事のために内務省か情報局か、そういった役所の役人に会いに行った話を書いたのを読んだ。書きかたはソッチョクで、感情抜きでシッカリしていた。それを読みながら、「これだけの重圧の苦しみに耐えながら、おびえたりイジケたりしないで、シッカリと立っている女がいる、えらい
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