この人たちの持っている尺度が、私の眼にさえも既に古く遅れてしまっているように見えることです。たとえば十四、五年前のハリコフ会議の決議の日本的適用の線から一分でも一厘でも前に出た尺度を、この人たちの誰が持っているでしょうか? 私は知りません。また、たとえば、社会主義的ロマンティシズムや、革命的民族主義の文芸的適用と操作について、誰が人をなっとくさせるに足るような熟練を示してくれたでしょうか? これまた私は知りません。各個が取り上げている問題や素材が、戦後の新しいものであるために、その取り上げかたまでが新しいようにチョット見えますが、よく見ると実は、その昔蔵原惟人や中野重治その他の人たちがした事を、もうすこし拙劣に、もうすこし低い段階で復習しているに過ぎないように見えます。その忍耐力に対しては敬意を払わざるを得ませんけれど、タイクツせざるを得ないことも事実であります。
 次ぎに、文芸を見るのに必ずしも左翼的な眼を以ってはしないが、現世紀的に、社会的な進歩的な立場を以ってしようと志している一群の批評家たちがいます。荒正人や平田次三郎や平野謙その他の人たちです。私など、思想的に必ずしもこの人たちと合致点を持っていない場合にも、センスの上でこの人たちに一番強い親近感を抱きます。この人たちの一番大きな存在理由は、この人たちの批評が今の日本の若い世代のアヴェレッヂなたくさんの人々の代弁になっている場合です。そしてかなりの程度までそうなっていると思います。ただこの人たちの批評に悪意からでない大言壮語が多過ぎます。左翼の批評家にも大言壮語が多いが、それとは少しちがった意味でこの人たちにも多い。それに、批評の書きかたが、むずかし過ぎます。だが一番気になる事は、この人たちが、現在ある程度までやむを得ない事だとは言いながら、一般的抽象的な考察や議論ばかりに主なエネルギイを注いで、具体的に作品や作家により添った追求をおろそかにしている点と、稀に作品や作家により添った場合にも、残念ながらこの人たちの「読み」が浅いという点ではないかと思います。この二つの点で、はじめに書いた青野・正宗・宇野など、長所と短所とがちょうどアベコベになっているようです。そして、この人たちの批評に時々見つけ出すことのできるひ[#「ひ」に傍点]弱さのようなものは、そこから出て来ているように思われます。この人たちは、もっと執念深く自分たちの立場を確保しながら、作品と作家についての具体的な批評をやって行かなければならないのではないかと思われます。
 先ず大体、他人の事を言いおえました。そこで、こうして広言を吐いているのは一体なんでしょう? 私は本職劇作家のシロウト批評家です。つまり、モグリですね。このモグリ批評家の行う批評が、どんな立派なものであるか、またどんなに愚劣なものであるかは、次回からの文章でもってお目にかけるわけです。
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小豚派作家論――あるプロテスト


          1

 え? なんですって?
 よくわかりません。あなたは何を言っていられるのですか?
「この問題も、いつまでもゴタゴタさせないで、もうよいかげんに整理して答えを出さなければいけないと思いますからね」
 なんの問題ですか?
「ですから、風俗作家や肉体派作家たちと批評家たちの間の疎カクの問題ですよ」
 ははあ、問題ですかそれが? 問題だとは思いませんね、私は。好きにやらして置けばいいではありませんか。ぜんたい問題というものは、あらゆる問題が、それを解決すればそこから多少とも良いことや進歩が生まれてくるものです。ところがあなたの言うような疎カクなどを解決したって、良いことなど何一つ生まれて来そうにはありません。噛み合わせたまま捨てて置けばよい。そのうちに両方で飽きて一人でに噛み合いをやめるでしょう。
「そんなヤケクソにならないで、あなたの考えを聞かせて下さい」
 よろしい。ヤケクソにはならない方がよいかもしれません。私の考えを述べます。
 批評家のことには、しばらく、ふれません。風俗派や肉体派さんたちの、作家活動の全体または個々の中に、文学や芸術の問題になりうる事がらが、どれだけあるでしょうか? 私は、ほとんどないと見ています。捜しても見つからないものですから、当人たちにも、実際において、文学や芸術を取りあつかっているという意識はないのではないかと思われるフシがあります。それを批評家たちは、文学や芸術を見る見方で眺めるものだから、事がコンガラかるのではないでしょうか。
 それはむしろ主として群集心理だとか集団異常心理といったふうの社会心理学の研究材料、または商品のメイカアとセイルスマンとマーケットの相互関係、つまり商品学の題目を提供しているのではないでしょうか。もちろん、これも重大な真剣な題目
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