りする事はほとんどなく、ただ書かれ印刷されチラクラとただ過ぎ去って行くだけです。
演劇雑誌の一つを編集なさっているあなたに向って、このような事を言うのは、非礼である以上に残酷なことだと思います。怒られてもしかたの無いことです。ただ私はあなたがたの努力を、なるべくムダにしたくないだけなのです。あなたがたは、時に御自分の仕事に空虚や憂ウツやタイクツを感じられないのでしょうか? そして、それが、われわれの演劇からも演劇雑誌からも、何か一番大事なものが失われてしまっているためではないかと考えられた事は無いでしょうか。たしかに、それは失われています。私はそう思います。それをわれわれは手に入れなければ、とてももう、やって行けないでしょう。そして、それを手に入れるためには、あなたや私――われわれに共通したものとして、先ずこの大きな喪失が痛感されることが必要だと思ったのです。
4 平和運動について――ある評論雑誌の編集者へ
Dさん――
ちかごろの綜合雑誌や評論雑誌に、戦争防止、世界平和運動についての文章の三つや四つ現われていない月はありません。あなたの雑誌にもほとんど毎号一篇はそれに関係のある論文や報告がのっています。一般の知識人やジャナリストたちがその目的のために作りあげた団体や組織も一つや二つではないようだし、既成の文化団体でも盛んに同じ課題をとりあげつつあります。私自身もそれらの運動の二、三につながっています。
これは当然以上に当然のことでありますし、言うまでもなく、たいそう望ましいことです。それに異論のあろう筈はありません。この運動は今後もっといろいろの角度から、もっといろいろの部面へ向って拡げられ深められて行かなければならぬと思います。
しかしそれとは別に(いや、それだから尚さらと言うのがホントかも知れません)、私は時々ヘンな気持になることがあるのです。これは或いは特に私だけかも知れません。と言いますのは、先日私はこの事を二、三のすぐれた知識人たちに向って持ち出してみたのですが、その人たちは私の言うことを遂に理解してくれず、ただヘンな顔をしたり困った顔をしていただけでした。私はますます妙な気がしました。そして結局これは自分の頭が悪くて、人には自明のこととしてわかっている事が自分だけにはわからないためかとも思いました。しかしとにかくわからないのは困りますし、それに世間には私の頭のような悪い頭もあるかも知れないと思われますから、それを話し出してみる気になったのです。
それはどんな事かと言いますと、あなたも御存じのように、ジャナリズムの上やいろんな文化運動で書かれ言われているのは、その方法や手段はいろいろに違いますけれど、要するに「戦争はよしましょう」の一語につきています。中には戦争が起きないようにするために、これこれの国際機関を作れとか、これこれの運動に参加しようとか、これこれの主義を実行しようとか言ったような具体案を提出している向きもありますが、それらとてもよく観察してみると、実質的にやっぱり「戦争はよしましょう」の一語の域を出ていません。もちろん、この一語は貴重な一語であって、なんどくりかえされてもよいものですから、その事に異論をとなえる気がありよう筈がありません。しかし今どきこのスロオガンに反対な人がいるでしょうか? 戦争にはほとんどすべての人がこりているのです。なるほど或る人の調査によると、日本民衆の中に或るパアセンテイジで戦争を待ち望む気持を持った人々がいるそうですが――そして私もその事実を多少知っていますが――しかし、その調査でも明らかにされているように、そのパアセンテイジは低いし、また、それらの気持は現在の世界や国内の政治不安や生活の見通しの行詰りなどからの自暴的な脱出の手段として「戦争でもまた起きたら、なんとかなるかも知れない」と言ったふうのものです。不安定からの脱出に他の方法が見つかれば、ひとりでに解消するものです。ですからホントの意味の戦争待望とはいえないと思います。他は皆、戦争を嫌い恐れ避けたい気持を持っています。「戦争をやりましょう」と思ったり言ったりしている人がほとんどいない時に「戦争はよしましょう」というスロウガンは、スロウガンとしての意味をなさないのではないでしょうか? すくなくとも、ホントのスロウガンは、この程度のところに止まっていてはいけないのではないでしょうか?
考えなければならぬ事は、現在は第二次世界戦争の直後ですから一般に戦争嫌悪の気持が盛んになっているのは当然ですが、しかしいつの時代にもどこででも人は一般に戦争を嫌って来ました。純粋な形で「戦争をやりましょう」と望む人間、「喧嘩が飯より好きな」人間は、メッタにいません。いればそれはアブノルマルな型にぞくします。たいがいの人間が本
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