りませんから、私にとってはそうはならないのです。しかし多勢に無勢でケンカにはならんです。言いたければ保守反動と言いなさい。しかしホントは私は保守でも反動でもありませんね、一党一派の進歩の味方ではないかも知れないが、人間の進歩の味方ですからね。
A すると、あなたは、何主義者です?
B 何主義でもありません。ただの人間です。真の人間――つまりホントに善良で公平で正直な人間になりたいと思っているものです。しいて名をつければ、一人の弱い人道主義者とでも言うべきかな。
A や、どうも、遂に脈は無いなあ。
B そう、遂に脈は無いようだなあ。あなたにはムダ足をさせてすみませんでした。でも念のために言っときますが、私は共産党には入りませんが、同時に保守党や反動派にも入りません。どっちにも、なれないのです。そのわけは、今まで言ったことで、わかってもらえたろうと思います。どうぞご安心ください。あなたのご友情にはお礼を言います。そのうち、あらためて、私自身の持っているヒューマニズムについての積極的な意見を聞いていただきましょう。
A さようなら。
B はい、さようなら。
[#ここで字下げ終わり]
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ジャナリストへの手紙
私の知っている数人のジャナリストたちへ出す手紙のいくつかを此処に並べて、ジャナリズムとそのぐるりの問題の二、三について語ってみたい。それぞれの手紙は全文ではない。また、それぞれ違った場合とちがった気分のもとに書かれたものであるため、全体として調子に統一がとれていない。
1 反省について――ある綜合雑誌の編集者へ
Aさん――
このあいだお目にかかった時に、あなたは作家Y君のことをほめていられました。「作品はどうも全幅的には感心できない。しかしY君の自己反省力の強さの中に現われている誠実さを自分は認める」と言われました。そして最近あなたがY君に会われた時のことを語られました。それによると、彼が三、四カ月前に発表した作品をジャナリストたちや批評家たちが、ほとんど異口同音にほめた事をあなたは知っていたので「おめでとう、よかったですね」と言ったら、Y君は恥じ入るようなまた気持の悪るそうな顔をして「いえ、あんなにほめられるのは、まちがいです。あの作品は良くない作品です。私自身あの作品は全くいやになっていて、読み返して見るのも不快です。もうあんな風な作品は書きませんと言ったそうですね。その時のY君の表情や言葉つきは、ほめられたためのテレかくしのために不快をよそおったり、クソ謙遜しているような所は微塵もなく、心から自作を否定して恥じ入っていたそうですね。あなたの観察は正しいと思います。Y君には私も数回会っており、彼が正直な人間で、テラウ気持や気取る習慣やクソ謙遜をして見せる悪趣味など、ほとんど持っていない事を私は知っているのです。
そして、あなたはその事を「自分が三、四カ月前に発表した作品、しかも世評の多くが口をそろえてほめている作品について、自らあそこまで冷酷に自己批判して、あれほど根本的に否定し得る自己反省力」と言われました。その事を私は今考えているのです。もちろん、あなたの言葉そのものに、こだわろうとしているのではありません。また、もちろん、Y君のあの作品についての批評をしようと言うのでも、それについての以上のようなY君の態度を論評しようと言うのでもありません。と言うのは、私はかねてY君を良い作家だと思い、それが作品を発表して世評が良いと言うことを、よろこんでいる人間なのですから。ですから今私が考えている事は、ちょうど逆の理由から生まれて来たのです。Y君が自作への世評の良いことをそのまま喜んでいるならば、私はこんなことを考えて見る必要はなかったでしょう。つまり、彼があなたに向って自作を否定して見せたのが、実は内心で喜んでいる事を、あなたにかくすためのテライや気取りやクソ謙遜やハニカミの芝居だったのなら、むしろ私はその話を微笑して聞き流すことが出来たろうと思うのです。それがそうでなく、Y君の自己否定が真実であることを信じれば信じるほど、私は考え込まざるを得なかったのです。
それは、われわれ近代インテリゲンチャの自己反省のことです。それと、われわれ自身の主体ないし自立との関係のことです。
一般に自己反省や反省力は、人間を向上させ進歩させるための貴重な精神作用だと言われます。そして人間が向上し進歩するという事は、人間がそれ自体として豊富になり充実してより完全なものに近づくことであると共に、その人間が周囲との関係においてより自然な、より高い調和と連帯性を身につけるということだろうと思います。これを一言に言えば、より強くなるということではないでしょうか。
Y君は、彼の自己反省の中で、より強くなったでしょうか? い
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