ン持ってきなさい。一言づつで片づけてお目にかけます。
A 荒れますねえ!
B エッヘヘ。いや、ふざけますまい。厳しゅくにやりましょう[#「やりましょう」は底本では「やりましよう」]。私のこのような考えは私の人間観から来ているのです。人間は永い間には、たしかに変りますが、それほどひどく変るものではないと私は思っているのです。人間が短時日のうちに非常に変ってしまうという事はめったに無い事で、往々にして非常に、また急に変ったと見るのは、表面だけかまたは一面だけかまたは自身が変ったと思っているだけの場合が多い。これが先ず私の人間観の第一。次ぎに、その人間の正体はその時その時の横のひろがりに示されますが、同時にタテの流れに示されます。むしろ、タテの流れの中に真の正体がよけいに示される。半年や一年を取って人の正体を判断しようとすると、まちがいやすいが、五年十年二十年のその人の歩いた道を取って判断すれば、たいがい、まちがわないのです。人は半年や一年は自分をも人をもゴマかすことが出来るが、五年十年とゴマかすことは出来ないのです。だから私は人を見るのに、今彼がなんであるかを調べるのと同時に、いや今彼がなんであるかを正確に知るためにも、五年十年二十年以来の彼が何であったかを重要視します。人というのは、他人も自分もです。先ず他人の事を言えば、たとえば十年前に左に寄った自由主義者であって、六年前にファッショであって四年前から共産主義者になったというような人を、私は信じないことにしています。もうあと五年位たってから信じてもおそくあるまいと思うものですから。また、十五年前以来、ボルセビキ革命を主張した共産主義者が三、四年前から暴力否定の議会主義の平和革命を主張しても、私は信じないことにしています。もうあと五年ばかり待ってから信じてもおそくはあるまいと思いますから。また、二十年前も十年前も五年前も帝国主義者でありファッショであった人が、どんなにイキリ立って民主主義を主張しても私が信じないことはもちろんです。これが私の人間観の第二。次ぎに私は一人の人間を一個の全体としてみます。一面または一部分では見ません。その全体のあらゆる部分を見た上でその人が何であるかを判断します。ですから、言う事とする事とがちがっていたり、外と内とがちがっていたりする人をもちろん、信用しませんが、これを判断するには、その人の言うことよりもする事を重要視し、外よりも内を重要視して判断します。共産主義者の言葉を口で言いながらファッショや専制主義者と同じような行為をする人を信用せず、それをファシストか専制主義者またはそれに近いものと判断します。その逆もまたそうです。また、外では民主主義者ないし共産主義者である人が、内に帰って来て、大したわけも無いのに妻や女中をブンナグッたり、こきつかったりしていたら、私はその人を信用せず、封建的・ブルジョア的の専制主義者だと判断します。これが私の人間観の第三条です。ほかにもありますが、今は言えません。どうです、わかってもらえましたか? そして、この三条に照し合せて考えて下さい。すると今の日本に、特にインテリの中に、私にとって如何に多くの信ずべからざる人――または信ずるのを、もう少し先に延ばして置きたい人がいるか。言うまでも無く、赤岩さんも森田さんも出隆さんも内田厳さんも、この三条のどれかに引っかかりますから、その中に入ります。わかりましたか? もちろん、私自身もその例外にはなりません。私は現在も三年前も五年前も十年前も二十年前もほとんど変りませんし(全く、それは自慢になることでは無いかもしれません)、言う事とする事がそれほどちがってもいませんし、外でミニクイように内でもミニクイ(イクォール=内が美しい位には外も美しい)人間なので私は自分を大体において信用しています。しかし、その私も、もう少し厳密にしらべて見ると、五、六年前=戦争中=かなりイカガワシイ事をしました。また、言葉ではキレイそうな事を言って、行為ではキタナイ事をしないとは言えない。また、外が立派なほど内は立派でない事もあります。残念ながらそうなのです。ですから、キマリが悪くて、半年や一年や四年位の間に、急に、あまり立派な壮大な言葉で大ミエが切れないのです。その代りまた、五年十年以前の自分の全部を、或る人たちがしているように盛大な言葉で否定することも出来ません。その両方をしている人を見ると、ですから、私は「そんなアホダラキョウがあるけえ」と言いたくなり、こっけいになり、そして時に虫のいどころが悪いと、そんな人をインチキさんと呼びたくなるのです。そう言う私も、もしかすると客観的に或る程度までインチキさんかもしれませんが、主観的にまで――つまり自分で自分のことをインチキさんと思わなければならんのは、あまり
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