ルキイごっこはよいかげんにしてくださらんか」と申したわけです。私もツンボやメクラでは無いから、まだいくらか見えもすれば聞こえもします。自分が良いと思い先方が良いと言ってくれれば、ヤリテババアの口車などに乗らないでも、新日本文学会だろうと旧日本文学会だろうと、入るぐらいのことはできます。だから笑ったのです。笑う以外のことが私にはできませんでした。だって、とにもかくにも人さまがその人なりの善意と親切心から言ってくれることに対して、怒るわけには行かないではありませんか。そんなわけで私は、その徳永さんの親切にありがとうと述べ、しかし参加するのは、さしあたり見合せておきたい、その理由は「今までの自分の事を考えてみると、きまりが悪いから」とだけ書いて返事を出しました。……そんな事がありました。この話のどこかが、あなたの御参考になれば仕合せです。
A いやあ、どうも、あなたもヒネクレたもんだなあ!
B 徳永さんの場合? あなたの場合?
A どっちもですよ。
B そう、ヒネクレたと言われれば、それもしかたが無い。自分では、それほどヒネクレタような気がしないけれど。だって、徳永さんの場合もあなたの場合も、入れ、入れとすすめているのはそちらで、こちらは、ただ、入りたくないと言ってるだけなんだから。それを、そちらでいろいろに言うもんだから、こちらもいろいろ言わなければならなくなっているだけだもの。それをヒネクレたなんて言うのはセッショウだなあ。
A では、私もソッチョクに言いますから、あなたもソッチョクに答えて下さい。
B 承知しました。
A あなたが共産党に入らないのは、なぜですか?
B 私が共産主義者でないからです。
A あなたはあなたが共産主義者でないことが、どうしてわかりました?
B 共産主義の理論をかじりましたから。
A しかし誰にしたって、はじめから共産主義者では無いでしょう[#「無いでしょう」は底本では「無いでしよう」]。あなたのカジった共産主義理論は、まちがった、悪いものだと思われたんですか?
B そうは思いません。なかなか正しい点や善い所もありました。まちがった点や悪い所もありました。書かれたり説かれたりしている限りでは善い所の方が多うござんした。
A だのに、なぜ共産主義者にならなかったのです?
B そんな無理を言っては困ります。百グラムのビフテキに〇・一グラムのクソが付いていても、あなたはそのビフテキが食えますか? いやいや、あなたなら多分、そのクソの付いた所だけを切捨てて、残りの肉を食うかもわかりませんね。しかし、食えない人間だっております。私も食えない人間なのです。
A あなたは何を言っているんです。
B 私が芸術家であるということを言っているんです。また、芸術家になりたいと思っている人間であることを言っているんです。と言うのは、芸術家の仕事は、その〇・一グラムのクソを問題にする所から[#「問題にする所から」は底本では「問題にすも所から」]はじまるものですから。それがなぜそうなのか、ハッキリしたことは私にもわかりません。すこしはわかりますけれど完全にはわかりません。ですから、さしあたり、そういう生れつきの人間もいるのだとでも言って置きましょう。そういう人間は、あらゆる主義者にはなれないようです。共産主義者になれないだけでなく、その他のどんな主義者にもなれません。主義者「的」にはなれますが主義者にはなれないのです。なぜなら、あらゆる主義というものは、九十九・九グラムの肉の所だけを見て、それが全部だと見なす(仮定する)のでなければ成り立たないものだからです。〇・一グラムのクソを「認め」た瞬間に、あらゆる主義は根本的に崩壊するものだからです。
A わかりました。それはしかし、芸術家が主義者になり得ない理由としては、おかしいと思います。と言うのは、たとえば共産主義を例にとれば、初めから百パーセント共産主義者など居るわけが無いし、また、初めからでなくても、いつでも、どこにも百パーセント共産主義者はいないと思うのです。それがいるかのようにあなたは思っており、そして自分がそうは成り得ないから、共産党に入れないと思っているようですが、それはあなたの観念的な理想主義的幻想ですよ。実はあなたの言う「的」でよいのですよ。主として何「的」に人間や社会や世界を眺めるかが重要な点です。
B あなたの言う通りでしょう。しかし、他人から見て七十八パーセントの共産主義者でも、また、十五パーセントの共産主義者でも、当人自身は百パーセントと思っているでしょう? すくなくとも、百パーセントに成り得ると思っているのでしょう? そうでなければ理窟が通らない。つまり「おれは共産主義的に世の中を見、行動している。これは正しい。まちがっていない。もし、まちがっているならば
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