術熱心」や恐るべきストイシズムを持っている。しかもこれらの諸特質をテンデンバラバラに一つ一つ別々に活動させるという分裂症的習慣を持っている。そのために、新劇公演をやめるということも、公演や研究の形態を変えるということも、いずれをもしなかった。そして、どういう事をしているかと言うと、一方において歯を食いしばって新劇公演をケイレン的に行うことによって芸術的良心の満足を求めつつ、他方においてこれまた別の意味で歯を食いしばりつつ、映画出演その他で金をかせいで生活的必要の充足を求めつつあるのが現状だ。これは、しかたの無い事であろう。彼等の古めかしさと「芸術熱心」とストイシズムと、そして、それらが個々別々に分裂しているという事実を計算に入れれば、まったく、こうする以外に道は無いにちがい無いと思われる。千田是也などが言っているように「ぼくたちは、ただシバイがしたいのだ。シバイをするためには、どこで生活費をかせいで来ようと問題では無い」のである。かつて、私の友だちのバクチウチの一人が「俺はただバクチが打ちたいのだ。そのモトデを作るのに女房をたたき売ろうと何をしようと、いいじゃねえか。いらぬ世話あ焼くねえ!」と言ったことがあるが、――なんと、この二つの言葉の調子の似ていることであろう――まったくハタから何かと言って、いらぬ世話を焼くことはいらぬようである。第一、千田是也たちもバクチウチも、当人にしてみればケンメイになっているのだから、それに無責任にケチをつけたりするのは失敬だ。
 だから私は世話を焼こうとするのでもケチをつけたりしようとしているのでも無い。私は私で次ぎのように考えざるを得なかったと言おうとしているだけだ。私は、千田是也たちやバクチウチのようにストイックでも「芸術熱心」でも古めかしくも無いらしい。私にとっては、経営的に成り立たないものは成り立たない事であって、それはやめなければならんし、やめざるを得ないものだ。どんなに残念でも、そういう事になるのである。女房をたたき売るよりもバクチの方をやめるわけである。次ぎに、その仕事を自分がケンメイにやろうと思えば思う程、もしその仕事からの収入でもって食えないことがハッキリしたら、それを、やめる。もちろん自分がしたいと思ってする仕事なのだから、それでもって、ゼイタクに食いたいとは思わないけれど、最低には食わなければならん。そうしないと、自分もダメになるし、仕事もダメになるから。次ぎに私は不幸にして分裂症状をあまり強くは持っていないから、自分の良心と必要や慾望とを千田是也たちやバクチウチのように、別々の場所で各個に使いわけることに熟練していない。しいて使いわけようとして無理をしていると、自分がダラクするような気がすると共に、自分に接触する他をダラクさせるような気がする。私の知っていた一人の遊蕩児が、一方で愛人を持ちながら他方でプロスチチュートを買いつづけていたら、自分がバイドクになると共に、愛人をバイドクにしてしまった事があるが、それと似た現象が起きるような気がする。気がするでは無くて、実際に必ず起きることを、多少知っている。そして、そんな事はイヤだから、やめたい。そして、私は、やめた。
 実は、そうだからと言って新劇をやめないでもよい方法はある。即ち、経営的に辛うじて成り立たせることの出来る方法も新劇を良心的にやりながらその仕事でもって最低には食って行ける方法も、したがって良心と慾望を分裂させないで統一的に解決して行く方法もある。しかしそれは、合理的な、新らしい、そして相当に粗野な困難な方法であって、現在の新劇人のように、ほとんど「神々しい」くらいに非合理に古めかしく「優美」になってしまった人たちの賛同を得ることは、到底、望めまい。だから此処でそれを述べる勇気とスペースを私は持たないのであるが、(そのうちに述べる)それはそれとして、演劇は一人や二人で出来る仕事では無い。だから一人や二人の人間が、一つの考えを抱き、その考えがその当人にとって決定的な考えであれば、その人間は、そこから抜けてしまわなければならぬことになる。私にとって私の考えは決定的であった。そして私の考え方は既成の新劇人の間に、ほとんど賛成を得られなかった。しかたなく私は新劇から抜けてしまった。

          4

 新劇を取巻いている外的な条件として、次ぎに、観客層の低さという問題がある。
 総体として日本の一般大衆の文化水準がたいへん低いことは、私などが今更言うまでも無く、残念ながら事実のようだ。なにしろ、いまだにナニワ節が圧倒的に人気があったり、ラジオの「向う三軒両どなり」といったふうの種目を世論の圧力でやめさせてしまうことも出来ないほどの水準である。そして、新劇は、どう安く見積ってみても、相当以上に高度の文化水準を予
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