るを得なかったかを書くわけである。
2
今の日本の演劇をカブキと新派と大衆演劇と新劇と軽演劇とに大別することができる。
カブキは、既にほとんどコットウ化した。これを正常に味わうためには、今となっては特殊の予備知識を必要とする。演じる方でも、既にまったく「生み」はしない。先人を「すき写す」だけである。或る種の高級な美がそこには在る。しかし、今日的なものの中で最も今日的な芸術「生きた演劇」としての処理には、あらゆる意味で耐え得まい。それは、すでに慎重に保存しなければならぬ時期に来ているしまた、保存する値うちのあるものだ。
大衆演劇の中には、新国劇や前進座などといった、比較的健康な演劇活動を見出すことができるが、それはごく少数である。たいがい、ナニワぶしに毛の生えたようなシバイであるにすぎない。前進座や新国劇にしても、他のものに較べると健康だと言える程度であって、それらを支配しているのは芸術方法の上での無方針やらヒヨリミ主義[#「ヒヨリミ主義」は底本では「ヒヨミリ主義」]などである。だいたい、すこしシッカリした中学の上級生以上の内容を持った人間なら、空疎な気持を抱かないで見ておれまいと思われる程度のシバイである。他はおして知るべし。
新派のシバイとなると、小学校六年程度以下だ。もっとも、いまだにゲイシャやゲイシャのダンナやママハハやコンジキヤシャなどが主なるテーマであるシバイだから、小学六年以下では、なんのことやらわからんだろう。もしわかったら、トタンに腹を立てて飛びだしてしまうだろう。ごく少数の俳優たちが相当の「芸」だけを持っている。その「芸」は、ムダに、まちがって使われている。
軽演劇は「媚態」で一貫している。媚態が良いという人には良いにちがいない。そして誰にしたって、媚態を欲する時はあるのだから、それはたしかに一つの存在として強い。しかし、もちろん、媚態というものは、本来の性質上、目的のためには手段を選んだりしない。ところが芸術は、これまた本来の性質上、目的のために手段を選ぶ。演劇は芸術だから、どちらかといえば、目的のために手段を選ぶ。だから、軽演劇が媚態だけに終始している間は芸術上の検討の日程にのぼせることには無理があろう。
残るところは新劇だけだが、これだけが、辛うじて、われわれの考察の題目になり得ると思う。と言うよりも今日演劇のことを語らなければならぬとあれば、僅かに新劇のことを語る以外に無いと思うのである。なぜなら、その実状はともかくとして、その表明している意図や方針の上で、辛うじて今日の文化芸術としての最低線に立っているらしく見えるのは新劇だけだからだ。だから、これをする。こう言うと、私という人間が、かつて新劇の中にいたことがある事を知っている人の中には、だから私が新劇のヒイキをしているように取る人もあるかも知れない。待て待て。早まらないで先きを読め。
3
話の順序として、現在の新劇を取りかこんでいる外的の条件を見よう。
昔から新劇では食えないと、よく言われた。ある意味で、ある程度まで、それはそうであった。だから新劇の大部分が、金もちの坊ちゃんや嬢ちゃんがたの遊びであったり、物好きの道楽であったり、他に金になる仕事を持った人間の「芸術的」良心や慾望のはけ口であったりして来た。それが敗戦後インフレがひどくなり、しかもデコボコやビッコのひどいインフレであるために、食えないだんでは無くなって来た。新劇の公演、新劇団の運営そのものが合理的に自然な形では不可能になっている。一例をあげる。帝劇なら帝劇で新劇の公演をやって、連日満員であってもたかだか、そのシバイの製作費と小屋代と税金が払えるか払えないかであって、その劇団全員の生活費に当てる金などまるで残らないのが普通だ。そういう数字が出ている。他の多くの場合も大体似たり寄ったりである。つまりシバイがヒットした場合にも赤字なのだ。しかもその赤字が小さなものではない。劇団全員がなんにも食わないでシバイをしなければならぬ程の赤字である。七〇パーセントの入りや四〇パーセントの入りなどと言うことになれば、赤字は破滅的なものになる。――つまり新劇の公演は成り立たないという事なのである。すくなくとも、これまでのような形の公演は成り立たない。その答えは既に出ているのである。幾度も幾度も出ている。日本の新劇人たちが、正常な近代人的な教養と道理とを持っているならばそれを認めていなければならぬ筈だ。そして、そのように不合理な新劇公演をフッツリとやめてしまうか、または、全く新らしい別の合理的な公演形態なり研究方針なりを採っていた筈である。ところが、わが新劇人たちは、異様に古めかしい所で停止してしまった知能を持っているだけで無く、熱狂的な「芸
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