がどんなにえらくとも(事実彼は、彼一流にえらいのである。それを私は認める)彼や彼式になってしまった人たちなど、ソッとワキに置いといて、仏頂面をしながら永生きをしてもらえば、足りる。
われわれは、われわれの探索の歩を前の方へ進めて行くのをやめるわけには行かない。なぜならば、われわれを包んでいる世界の動揺は、この間の戦争でおさまったのでは決して無く、更に大きく更に激しくなりそうである事を、われわれの第六感が感じているからだ。そのための不安がどのようにつのろうと、同時に、そのための不安がつのればつのるほど、われわれはよいかげんの所でイカリをおろすことはできないのだ。
そして思う。ホントの戦後派は、現在までやっぱり、闇市あたりにウロウロしているのではなかろうかと。小説など書いていないのではなかろうかと。また、ついに小説などは書かないのではないだろうかと。――それらしいデスペレイトな人間のいくにんかを私は知っている。力と命に満ち、それ自体ニヒルで、そして、それ自体が革命である人間を。
私はそれらに私の望みをつなぐ。
6
もちろん、これまでの戦後派を見るにも、これから現われてくる、より若い戦後派を見るにも、次ぎの事には注意しなければなるまい。そして私はそれに注意しながら見たつもりだ。
それはなにかと言うと、第一次世界大戦と第二次世界大戦とでは、人類の経験として、似ていながら、重要な一点でまるでちがうものであったという事である。
第一次大戦は、人類にとって「空前」の事件であった。「空前」の事件は心理的必然として「絶後」の感じをともなう。事実ともなった。戦争からの惨害が、ほとんど癒すことができないまでに絶滅的に深く感じられれば感じられるほど、このように「愚かな」このように極端な自殺未遂行為を再び人類がくりかえすことがあろうなどとは、さしあたり、考えられなかった。それだけに、第一次大戦を、その最も激しい渦中で経験したヨーロッパのインテリゲンチャへの打撃は「終末的」な形をとった。そこから生まれて来たものは、「絶望」と言うよりも断絶であった。彼等は、前途に、なにものをも見ることができなかったのである。良いものも悪いものも見ることができなかった。崖の突端で、全身心のワク乱と絶滅感のうちに叫んだ。そのようにして、表現主義やダダイズムといった形のニヒリズムは
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