表情)――どうぞ君、やって下さい。(これはウイスキイを相手にすすめるのである)
大野 どうぞ、どうぞ、あなた、どうぞ! (これはカメラマンに向ってすすめる)
久子 どうぞ、ごえんりょなく[#「ごえんりょなく」は底本では「ごえんりよなく」]! いいじゃありませんの!(ほとんど絶頂に達した彼女の幸福が紅を塗った顔を紅以上に上気させている。椅子の上からトンコを抱きあげ、その顔を撫でながら、三芳と記者たちを見くらべつつ立っている)
記者 ……どうも!(ウイスキイを三杯ばかり、あざやかに飲みほして)ハハ! けっこうです! こっちのねらいも、その野武士というところですからね、先生には失礼ですが。実際この、映画界もですね、いつまでも大資本による独占的な営利主義いってんばりでは、しかたがないですからねえ。(原稿紙と鉛筆をかまえる)
三芳 どうもねえ、しかし、僕なぞが君……(頸をかいたりする謙遜な態度が、実に自然な好感をにじみ出させる。その姿に向ってカメラマンはすでにカメラを向けている)
記者 どうか、きらくにお話し下さい。どうぞ!(鉛筆をなめる)
三芳 弱ったねえ!
大野 弱ることはないじゃありませんか。(これはまた、どういうかげんか、自分のことのように満面に喜色を浮べて、三芳に向ってウイスキイをついでやる。隅の方のツヤ子だけが、相変らず編物をつかんだまま、無表情に時々こちらを見ている)
三芳 (久子に)津村君はもう出かけたのかね?
久子 ええさっき。あなたもすぐ後から行くからって言っといたわ。
三芳 (記者に)どうも忙しくって、ハハ。
記者 津村さんというと、津村禎介氏――?
三芳 知ってるんですか?
記者 どうも、さっきそこの角で逢ったのが、そうじゃないかと思ったんです。いや、個人的に知っちゃいないんですが、――チョイチョイ見えるんですか?
久子 はあ、いえ、あの、ほとんど自分のおうちのように――(ほとんど性的昂奮に近い発揚のしかた)
三芳 津村も、まだ出て来てから間がないしねえ、あんまり無理をして、からだでもこわしちゃ、事が大きいと思ってねえ、まあ――
記者 そりゃ、まったくです。特に文化方面に関しては、大事な人ですからねえ。……そうですか。
三芳 ハハ。……じゃ、しかたがない、しゃべりますよ。(ウイスキイをグッとほして)……ええと、ええ――この、戦争責任という問題については、終戦以後、いろいろの方面でいろいろの人々が論じていますが、これは、われわれにとっての大問題でありまして、この問題にたいして明りょうな[#「明りょうな」は底本では「明りような」]答えを出さないかぎり、わが国文化の再建は考えることができないものであります。したがって――早すぎますか?
記者 (筆記しながら)いえ、けっこうです。もっと早くても――
三芳 ええと――したがって、この問題の論議にたいしては、できるかぎり広汎な人々が、つまり全国の各階層の全部が参加しなければならない。そして各人が自由に討論しなければならない。ところで現在流行している戦争責任論の中で、われわれが警戒しなければならぬ一群の傾向があります。それは何かと言えば、正確な意味での戦争犯罪者は、戦争を直接に誘発した少数の軍部指導者や財閥指導者たちと、それから国際法規によって規定されている一方的残虐行為を犯した者だけであって、それ以外の一般国民は、だまされていたのと同時に、起ってしまった戦争に負けてはたまらんからと思って協力しただけだから、戦争責任はないという議論であります。……これは一見、もっともらしく、かつ俗耳に入りやすい議論ではありますが、実は、よく考えてみると俗論中の俗論で、三百代言式の言いのがれ論である。――なぜなら、事実上戦争をしたのは、国民全部であります。ごく少数の進歩的考えを持っていた人たちが、これに参加しなかっただけであって、その他は全部戦った。責任はあるのであります。特に国民の意見の指導者代表者であるインテリゲンチヤ、文化人には、非常に大きな責任があるのである。であるのに、今言ったような古くさい法理論でもって責任を回避しょうとするのは、ですね、かかる論をもって国民全体にアユツイショウしょうという醜悪さと、同時に自己保身のための恥なき態度と言わざるをえない……かかる徒輩をそのままにしておけば、ついに日本再建は不可能となるばかりでなく、さらに日本を将来ふたたびファッショ化するところの基盤を温存することになるのであります! 特に、映画界においては――実は私も映画人の一人でありますが、はなはだ残念ながら、かねて日本の文化人の中で映画人――つまり活動屋が最も下等ですが、いやいや中には立派な人間もおるにはおります――おるのでありますが、このなんです(すこしシドロモドロになってくるが、しかし自分のシドロ
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