限りないものであればあるだけ、それを此処で言葉の上だけで述べるような軽薄さをしたくありません。とにかく、私どもは、法律によって裁かれ、かつ、自分自身の内的必然的な課題として転向したものであります。その点、私どもは誰に向っても既に恥じるべきなんらの理由を持っておりません。……しかるに、われわれは今や、それ位の気持でもって、かつての自分たちの思想及び行動を振りかえってみることができなくなったのであります。われわれの犯した罪は、単に法律やそれから自己一片の良心に依って裁かれ許されれば足りるといったような種類の罪ではなかった! それを、身をもってわれわれが知ったということであります! そしてそれを知ったのは、このたび催していただいた伊勢神宮における錬成会においてであります。……もちろん、私どもは――』
大野 (薄田のコップにブランディをついでやりながら三芳の朗読にとんちゃくなく、それをたち切って)文化方面の転向者を百人ばかり、こないだ伊勢へつれて行って、鍛えたんですよ。これで三度目ですがね、フフ、水へ叩き込むと、みんな泣きましてな。
薄田 (ブランディをのみながら)うむ。
三芳 ……(朗読を中断されて、二人の顔をキョロキョロ見くらべていたが、ふたたび朗読をはじめる。二人の言葉にけしかけられたように、朗読の声がしだいに大きくなる)『もちろん私どもは、二度や三度のミソギ行に参加したことをもって、カンナガラの大道を体得し得たりと僣称しようとするものではありません。しかしながら、かの大神宮の神域に接し、イスズ川の流れに総身をひたしながら、私どもの心頭を去来したものが、わが国がらの大いなる命の流れ、日本的なものの中での最も純粋に日本的な本質であったということは言ってもさしつかえないだろうと思うのであります。と同時にそれは、この数年来、われわれが突入しきたったわが国未曽有の国難に処して国民の一人一人としての私どもが、身をもって洗いあげて来た民族的自覚の絶決算としての実感であったのであります。今や私どもは理論においてのみならず、全身心の実感としても、日本民族の世界史的任務と大東亜共栄圏の必然を護持するものであります!』
くめ八 ワン、ワン、ワン!
大野 よしよし。(卓上のチーズの一切れを取ってくめ八の口に入れてやる)
三芳 ……『私どもをしてかかる力強い自覚に導いてくださった諸先輩、直接
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