えず、片手で頭髪を掴み、前こごみにションボリして出て行く)
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あとには坐りつくしているゴッホと、そのゴッホを見ている老婆。……夕陽は既に落ち、急にトップリと暗くなって、二人の姿がガラス窓の薄明りに向って、にじんだような墨色のシルエットになって動かない。……遠くで犬が吠えている。……やがて老婆が、マッチをすって、ローソクに火をつけ、それを壁のわきの粗末な小テーブルの端に立てる。ゆっくりと三本のローソクをともし終ると、室内が明るくなり、テーブルの上方の壁にはられた古い銅板のキリスト図が見える。
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老婆 お願い申しますよ先生。
ヴィン う?
老婆 シモンのためにお祈りをあげてくださいまし。
ヴィン シモン?……(そのへんをキョトキョト見まわしているうちに不意に思い出して)……ああ、そうだった。(立ってゴトゴトとテーブルの方へ行く)
老婆 お金は一文もねえから、なんにも、へえ、お供えは出来ねえ。ホンの、まあ、わしの心持だけだ、これを、へえ、(と紙包みをガサコソと開けて、差し出す)たった一つだけんど、
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