て! そうだとすると、こいつは大事だ。こうっ、と。……(考え込む)
ヴィン ……そんなわけで、あんた方のために、なんとかしてと思って、一所懸命になったが――私には、なんにも出来なかった。……もう、なんにも出来ない。私には力がない……
デニス だから――だから俺あ言ったんだ! 坊主に何が出来る! それを、偉らそうにシャシャリ出やあがって、この――(拳をかためてヴィンセントに詰め寄る)
ヴィン ……どうしてくれてもよい。……私を許してくれ。(ガクリと頭を垂れる。その打ちくだかれた姿を睨みすえているデニス)
ヨング よろしい! もうよろしい! これだけ聞けば、もうたくさんだ! いや、どうも、私は、まさか、これほどだとは思っていなかった。いや、いや、もうよろしい! 実に、なんともかとも、驚き入りました。わが福音教会の宣教師が、毎月そのために月給を貰って神聖な事業に従事している宣教師が、人々の前で神さまを誹謗している! 無神論者になったことを公言していおる! もうたくさんです! ことは既に余りがある!
ヴェルネ 牧師さん、それは、あの――こちらの先生がおっしゃったことは、会社の支配人のバリンゲルさんの話を、この――
ヨング わかっている! あなた黙っていていただきたい! 私はゴッホ君に言っておる。どうかな、君の御意見を伺いたい? 神はないと君も思っているんだな? そうだな? そうでなければ先程のようなことが言える道理がない! え? なぜ返事をなさらぬ――
ヴィン そ、そ……(問いつめられて混乱し、苦しそうに喘いで)いえ、私はそんな、そんなことは思って、おりません。神さまは――バリンゲルさんの――
ヨング ハッキリ言いたまい。そうだな? え?
ヴィン (にわとりが、しめ殺される時のように、もがきながら)バリンゲルさんに、そう、言われると、私には、なんとも言えなかったのです。私には力がない。ボリナーヂュには神さまは、いらっしゃらぬ。私には見えない。そう言われると――
ヨング (ほとんど勝ち誇って)それ見たまい! これで全部かたづいた。よろしい、よろしい、もうよろしい。(急に落ちついた語調になって)あなたも御記憶の通り、これまで教会では、あなたに対して三度も四度も警告を発しておる。二カ月前にはビールテルセン牧師もやって来られてあんたに注意をなさった筈。それをことごとく聞き入れないで、あなたは、このようにけがらわしい所に説教所を設け、教会の威厳を損なうような不潔な服装をして、自分自らがキリストの再来であると言うようなことを口走り、教会から送る月給は、全部、犬のような労働者に与えて浪費してだな、キチガイじみたことばかりしておる。しかも、今度は坑夫を煽動して炭坑ストライキを起し、その先頭に立って騒いでいられる。
ヴェルネ そりゃ、違います! そんな、いいえ、ここの先生は、ただわしらのことを見るに見かねて――
ヨング 黙んなさい。あなたに言っているのではない。それで、こちらの炭坑会社からブリュッセルへ手紙が来て、教会から、あなたに対し厳重警告を与えてくれとあったので、私がこうして出向いて来たのだ。私の考えでは、実状を調査した上で、あなたによく忠告してだな、実は、なんとかしてあなたのために良かれと思って来て見ると、いやどうも、このありさまだ! すべてのことは前よりもひどくなっている。しかもそうして明瞭に、神さまを罵っている! これでは、もう、なんとしても弁護の余地はない。あなたとしても、そのように考えていられる神や福音のために伝道の仕事をなさる気は、もはや、おありでなかろうと思う。(椅子から立つ)私はブリュッセルに帰って直ちに、あなたを解職するような手続きを取ります。さようなら、それでは――(戸口の方へ歩き出す)
デニス やい、やい、やい! くそ坊主め、よくも言ったな! 犬のような労働者だと! おおよ、犬だ俺たちあ! おめえたちから、犬にされてしまった坑夫だ! 犬には教会は要らねえんだ。神も坊主も要らねえんだ。くそでも喰え! 俺たちにや、人間が居りゃ、たくさんだ。真人間が居てくれりゃ、たくさんだぞ。ここの先生は、俺たちのために、食うものも食わねえで、何もかも俺たちに投げ出してくれてる、真人間だぞ! 見ろ、この人のザマを! こんなザマになって俺たちに良くしてくれてんだぞ! お前みてえに食い太ったインチキ牧師なんかに較べりゃ、先生はキリストだ。へいつくばって、足でも舐めろ、畜生め!
ヴェルネ デニス! おい、デニス!
ヨング (冷笑して)よろしい。それでは、あんた方は、あんた方のキリストに救ってもらうがよい。(ユックリと戸口から出て行く)
デニス くそ!(ヴィンセントに)あんたも、あんまりおとなし過ぎるじゃないか、先生? あんなインチキ野郎、もうすこし何と
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