あ待て。(ハンナに)そいで、ほかの連中はどうしている?
ハンナ うん、ほかの家じゃ、山へ草の根掘りに出かけたり――そうだわ、十人ばかり、坑口の炭車の所にかたまって、モータアなんか叩きこわしてしまえだって――
ヴェルネ え?(立ちあがっている)モータアを叩きこわす?
アンリ (これもギクンとして立ちあがっている)いけねえ! そいつは、いけねえ!
デニス やれやれ! 叩きこわしてしまえ! こんな腐れ炭坑なんぞなくなっちまっても、かまやしねえんだ!
アンリ デニス、何を言うんだ、きさま! 俺たちはここの炭坑といっしょに永年生きて来てるんだぞ。炭坑がつぶれて、どうして俺たちあやって行ける?
デニス へっへへ、いいじゃねえかよ! 炭坑が在ったって俺たちは生きては行けねえんだ。同じことだ。そうじゃねえか? どっちに転んだって、俺たちあ、神さまに見放された人間だい。
ヴェルネ まあ待て。こいつは何とかしなきゃ、ならねえ。……アンリ、お前、すまんけどな、すぐに坑口の炭車の所に居る連中の所へ走って行ってくれ。俺もすぐ行くから、それまで、無茶なことはさせねえようにお前からそう言って。
アンリ よし、大丈夫だ。
ヴェルネ そいから、ハンナ、お前な、おっ母あにそう言って、事務所の前に居る連中の所にすぐ行くようにってな。とにかく、俺がここの先生の返事を待って、すぐに行くから、それまでフランシスに、そのままで待っていてくれって、そう言うようにな。わかったか?
ハンナ わかった。お母さんにそう言うだね?
ヴェルネ そうだ。走って行くんだ。(ハンナとアンリが小走りに扉から出て行く)
デニス いいじゃねえか、ヴェルネのとっつあん。なるようにしかならねえよ。第一、モータア叩きこわすだなんて騒いでいても、どうせそんなこと出来るもんか。そんだけの元気がありゃ、とうの昔にストライキだって何とかなっているんだ。ウジ虫だ。ウジ虫が、コエつぼの中でただウジャウジャと騒いでいるだけだ。
ヨング ふむ。あんたは、この、ずいぶん勇敢なことおっしゃるが、ふむ――無神論者ですかな?
デニス ……あっしゃ、炭坑夫でさ。
ヨング ゴッホ君の説教は聞いておいでだろうね?
デニス 一度聞いたきりで、それから聞きませんねえ。
ヨング ふむ。……つまり、なにかな、あんたは、神さまは居られないと思っている――?
デニス よくわかりませんねえ。居らっしゃっても、俺たちはウジ虫ですからね、神さまは、あっちを向いて、肥え太って、鼻あつまんで――へへ、臭えからね俺たちは――そいで、俺たちが生きようが死のうが御存じねえらしいんでね。
ヨング 恐ろしいことを言う。ふむ。――涜神と言うことをあんた御存じか?
デニス とくしんと言うと――
ヴェルネ おいデニス、もう、いいかげんにしねえか!(ヨングに)牧師さん、この男は肺病でしてね、もう始終イライラして、いろんなくだらねえことばかり口走る癖がありまして、どうか、お聞きのがしくだすって――
デニス 心配してくれなくてもいいよ、とっつあん。俺あ正気で言ってるんだ。だってそうじゃねえか、神さまがチャンとして居るんだったら、今の俺たちみてえな、ウジ虫以下のこんな有様を、どうして黙って見ていらっしゃることが出来るんだね?
ヨング ふむ。すると、そう言うことをゴッホ君が言って聞かせたことがあるんだな?
ヴェルネ いいえ、そんなあなた、ここの先生は、そりゃもう福音通りにですな、エス・キリストさまと同じように自分が成って、この――
ヨング なに? キリストと自分が同じだと?
ヴェルネ いえ、そうじゃねえ! そうじゃねえんです! ここの先生は、つまり、わしらのことを心配して下すってです、今日なども、わざわざ、会社の支配人の所へ掛け合いに行ってくださって、この――(このヴェルネの言葉の間に、先程ハンナとアンリが出て行った時に開け放されたままになっている扉の、暗いガクブチの中に、足音もさせないで戻って来たヴィンセント・ヴァン・ゴッホが、しょんぼりと立つ。皆それに気づかぬ)
ヨング やっぱり、それでは、あんた方の先頭に立ってナニしているんだな?
ヴェルネ いいえ、そんな、そんなことあねえです。ただ、わしらのことを、この――
デニス わしらのことを会社に売りつけようとなすっているんでさあ。へへ。
ヨング (相手の言うことは聞かない)ふむ。……キリストと同じ……

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その間もヴィンセントは、絶望し疲れ切った姿でボンヤリ立っている。帽子はかむらず、ヨレヨレのナッパ服に、ブリキを巻いて修繕したサボ。ひどく痩せた青い顔。……ヨングの声で、眼の色が動いて、ユックリそちらを見るがそこに居るのが誰であるかよくわからない。
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