烽ネくあれと正式に結婚しようと思っています。
モーヴ 結――? ……本気で君は、それを、言っているのか?
ヴィン 本気です。
ワイセ やれやれ。(両肩をすくめる)
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そこへゴトゴトと外からサボの音がして、ノックもしないで、ルノウのおかみさんが入って来る。身なりはひどく汚いが、まだどこか綺麗な四十前後の女。
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ルノウ (入って来てキョロキョロ室内を見まわし、モーヴやワイセンブルーフを認めるが、挨拶もしないでヴィンセントに向って、いきなり、まくし立てる)ああ、やっと居たねゴッホさん? やれやれ、私は昨日も一昨日も来たのに、絵を描きに写生に行ってるとかって、たんびに無駄足ばかりさせられて、ホントにまあ、絵だか屁だか知らんけど、しとを茶にするのもいいかげんにして下さいよ。やれ、どっこいしょと。(と勝手に椅子に掛ける)
ヴィン ああ、ルノウのおかみさん。
ルノウ ルノウのおかみさんじゃ、ありませんよ! あんた一体、内の借金をどうしてくれる気ですよ? こうして、ツケを持って来たがね、ごらんなさいよ、ミルク、バタ、玉ねぎ、ジャガイモ、そいからニシンと、みんな先月から溜っていて、みんなで四十フランあまり、それにパン代の立て替えが二十フラン、しめて六十フラン。いいかね? 時々クリスチイネがやって来ちゃ引っかけて行くヂンのお代は勘定に入れなくてもですよ。いつ来ても、もう二、三日すれば払うからとか何とか言って、あたしん所だってお前さん、慈善事業で食料品や野菜を扱っているんじゃないんですからね。
ヴィン わかっている。わかっているから、今度金が来たら、必ず――
モーヴ (椅子からスッと立って)ゴッホ君、これで話は片付いたと言うものだ。君は君の好きにやるさ。ただ今後、私の所には一切来てくれたもうな。では。(サッサと出て行く)
ヴィン (それに追いすがって)待って下さい、アントン、待って下さい。(振り切ってモーヴは戸外へ消える)
ルノウ どうしたんだよう!
ワイセ (これも立ち去りかけながら)さては、お前さんとこだね、ハトバの近くで、食料品のほかにもいろいろ商なっているルノウと言うのは?
ルノウ (ジロジロと相手を見て)そりゃあね、世の中あセチがろうござんすからね。なんでも売りますよ、儲けにさえなり
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