fミックな絵は描いていない。むしろ反対だ。しかしだな、アカデミスムを、君のような意味で否定していいものかね? ……それを君は考えて見ようとはしない。そしては、こうして、意地になって、あんな女と、くだらない遊びにふけっている。その点を――
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そこへ、なにも知らないシィヌが、大急ぎで仕度をしたと見え、来客たちに茶を入れて出すための道具をのせた盆を持って、隣室から戸口に現われるが、話が自分のことなので、立ちどまってしまう。モーヴもヴィンセントもそれに気づかぬ。ワイセンブルーフは無心に絵を見ている。
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ヴィン 遊びにふけったりしてやしませんよ。シィヌを描いていたんです。第一、あなたはすぐにあんな女と言うけど、あれのどこがどうだと言うんです? 女が絵のモデルになるのが、いけないんですか?
モーヴ すぐそれだ。まあ聞きたまい。モデルモデルと言うけどね、なるほど時にはモデルもするにゃするけれど、実は――この、ハアグ中の絵かきが、あの女のことを何と言っているか、君は知っているのか?
ヴィン し、知りません。
モーヴ じゃ聞かせてあげよう。いいかね? 共――
ヴィン 黙ってください! 黙れ!
モーヴ なんだと――?
ワイセ やかましいなあ。
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それまでジッと立っていたシィヌが、なんのこともなかったようにスタスタとテーブルの方へ行き、貧しい茶道具を一つ一つテーブルの上に置く。モーヴもヴィンセントも黙ってしまって、彼女の姿を見守っている。……その時、盆の上に最後に一つ残った茶わんが、小きざみにカチャカチャカチャと鳴る。
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シィヌ (その盆をガチャンとテーブルの上に置く。その拍子に茶わんが床に落ちてパリンと破れる。それを見ながら、しばらく黙っていてから、思いがけなく落ちついたユックリした語調で)そうなんですよ。……みんな、私のことを共同――
ヴィン 黙ってくれシィヌ! だ、だ――
シィヌ ……(言葉を切って、しばらくジッとしていてから、フッと顔を上げてヴィンセントを見、それからモーヴを見、再びヴィンセントを見た時にニヤッと笑い、それから、破れた茶わんのカケラをガリリと踏んでユックリと歩いて戸口から出て
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