Jミソリを見て、左手で左の耳を掴み、引っぱって、ゆっくりと右手のカミソリを、その方へ持って行く。眼は正面をカッと見ている。……)
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不意に暗くなって、何も見えなくなる。
潮が寄せるように、深いハミングが起る。
ハミングは嘆き唸るように次第に強くなる。
その中に――
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エピローグ
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スポットの中に白い小さい室が、夢のように浮びあがり、そこに四人の人間がいる。
室は病院の一室だということがわかる。
四人の人は、ヴィンセントとテオとルーランと若い看護婦。ヴィンセントは、一八八九年冬作の、毛帽をかぶり耳にホウタイをしてパイプをくわえた「自画像」の身なりをして、鉄のベッドに腰かけ、前にすえられたイーゼルのカンバスと、並べてすえられた大鏡とを等分に見くらべながら、パレットにチューブから絵具を並べている。痩せて鋭くなった顔だが、機嫌が良い。テオはホッと安心して疲れが一度に出て来た様子でグッタリと、しかしまだ心配そうな顔つきで兄を見守りながら、片隅の椅子にかけている。ルーランはカバンこそさげていないが、これから仕事に出かける途中に寄ったと言った制服姿で入口近くに立ってニコニコして眺めている。看護婦は、白衣の少女で、ベッドのわきに身を曲げて、ベッドの上の絵具箱から絵具を出してヴィンセントに渡している。ハミングは、続いている。
ヴィンセントはパレットに絵具を並べ終り、パレットと持ち添えた筆の中から一本を右手で抜きとり、鏡とカンバスを見くらべてから、眼をテオに移す。テオがうなずいて見せる。次にヴィンセントの眼がルーランへ行く、ルーランうれしそうにニッコリして、制帽のひさしに右手をチョットあげる。次に、絵具を渡しおえてキチンと直立して、びっくりしたようなきまじめな顔をしてヴィンセントを見ている看護婦に眼をやると、その少女がヴィンセントの眼の中を覗くように見ていた末に、思いがけなくニコッと笑う。
ヴィンセント、筆でパレットの絵具をスッとさらって、鏡を見、描きはじめる。
――以下、朗読の間、ヴィンセントの右手がユックリ動き、眼が動くだけで、四人とも、ほとんど動かぬ。深く沈んで続くハミング。
そのハミングのバックの前で男声ソロの朗読(薄暗い袖に朗読者を出し、マイクロフォン使用)――
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