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ヴィン え、ラシェル? すると、すると今夜すぐ君は行ってしまう?
ゴー どうせ間もなく俺はタヒチへ渡るつもりで居たんだ。
ヴィン (事態を急に理解して、ギクンとして)え! 行くんだって? ゴーガン、ホントに行くんだって? そんな、そんな君、どうしてそんな――行かないでくれ! 頼むから行かないで、ポール! 君が行ってしまったら、俺はどうなるんだ? どうすればいいんだ? 頼む! お願いだから! 何か俺が悪いことをしたんだったら、あやまるから! 俺には君だけしか居ないんだ! ね! 君だけしかない。テオは間もなく結婚する。俺は一人ぼっちになる。居てくれよ、ポール! 俺は寂しいんだ! 君に行ってしまわれたら、どうなるんだ俺は? ゴーガン、どうか、どうか、俺を助けてくれ!
ゴー ……(相手の必死の姿も既に彼を動かさない。ヴィンセントの言葉のうちに、ドアの方へ歩き出しながら、フト壁の上の「おれは聖なる――」の文句を目にしてチョッと足を止めるが、表情を変えず)……さようならヴィンセント。(ドアを開けて大股に出て行く)
ヴィン 待ってくれ! 待ってくれ! 待って!(追いすがって、ドアを再び開くが、既にゴーガンの姿は見えず。……ガックリして、ノロノロと歩きテーブルの方へ)
ヴィンセントの声 ゴーガン。ポール。ゴーガン。行ってしまった。畜生。畜生、行ってしまった。テオ、来てくれ。どうしたんだお前は? テオ、テオ、テオ、兄さんは気が狂いそうになってるよおう! よおう! 助けて、兄さんを助けて! ラシェル、ラシェル、ピジョン! 可愛いラシェル! え? なに? ゴーガンはラシェルの所に行って寝るのか? 畜生、ゴーガン、ちく!
ヴィン ……(テーブルのわきにフラリと立った、その眼が次第に光り、再び錯乱に落ちて行くらしい)
ヴィンセントの声 ラシェル、ラシェル! ケイ! 可愛いケイ! シィヌ! クリスチイネ! ラシェル、ラシェル、ラ、ラ、ラア、ラアアア……(その声に混って、遠くでカタカタ、カタカタと床を踏む踊りの足拍子。やがて、それにダブッて、狂うように追って来る「ファランドール」)
ヴィン ……(それらを聞きすまして、ジッとしていたが、不意にキョトキョトと周囲を見まわしてから)よし俺も行くぞ、ラシェル。行くぞ。ラシェル。待っていろ、待っていろ。耳を持って行ってやるからな。フフ! 待ってろ。(
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