≠ュここへ来るようにと、いくら俺が手紙を出しても、まだやって来ないのは、なんと残念なことだろう! ここへ来ればゴーガンは丈夫になる。一緒に安あがりに暮せる。ゴーガンも俺もドンドン絵が描ける。それが売れる。すればテオよ、お前にかける厄介も少しずつ軽くなる。早く来るように、お前からもゴーガンにすすめてくれ。
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   「二本の李の樹」
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ヴィンセントの声 (すこし早口で)テオよ、こちらでは、毎日良い日が続く。と言っても天気のことではない。天気は、アルルでは風のない静かな一日に対して風の日が三日つづく。この風を土地の人はミストラルと言う。恐ろしくイライラと神経をかき立てる風だ。だが、花の咲きそろった果樹園は早く描かないと、待ってくれない。だから俺は地面にくいを差して、それにイーゼルを縛りつけて、風の中でも仕事をしている。俺はドンドン、ドンドン描いて行く。ライラック色の耕地、赤い色の葦の垣根、かがやかしい青と白の空に伸びている二本のローズ色の李の樹。これは恐らく、俺の描いた一番良い風景だ(言葉の調子がシンミリと沈んで来る)……ちょうどこの絵を描きあげて、黄色い家に持ち帰ったら、モーヴが死んだことを知らせる妹からの手紙が来ていた。モーヴは最後には俺を突き放した。しかし親切な良い人間だった。何か――それは何だか俺にはわからないが――俺を捕えたものがあって、俺のノドの奥に塊のようなものが、こみあげて来た。俺はこの絵に描き入れた。「モーヴの想い出のために。ヴィンセントとテオ」。もし君が賛成ならば、これを俺たち二人からモーヴ夫人に贈ろう。俺にはモーヴの想い出についてのすべてのことは、直ちに和やかな明るいものにならなければならぬ。そして一枚の習作でも墓場の暗い感じを持たせてはならぬと思う。
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死者を死せりと思うなかれ、
人々の生ある限り、その中に
死者は生きむ、死者は生きむ。
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   「英国橋」
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ヴィンセントの声 (神経的に快活な)テオよ、今日俺は、青空にクッキリと輪郭を浮べている「はね橋」と、その上を渡りかけている小さな荷馬車との油絵を描き上げて帰った。河水も同じ青、河岸はオレンジ色で、緑の草が繁り、野良着を着て色とりどりの
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