なになっちまったけど……そうよ、みんな悪いんじゃないの。
北村 ……(なんにもいえないで、リクと明へと次ぎ次ぎに目をやっている)
俊子 ね? よくわかるの私には、それが。……北村さん、あなた、兄さんに会える?
北村 そりゃ、又、警察から呼び出しが来れば会えるだろうけど――
俊子 もしね、兄さんにお会いになったら、私の眼はこんなふうになったけど、ちっともヒカンしてはいないといってね。いぜんは、お兄さんを、うらんでいたけど、眠がつぶれてから、兄さんの事が私、わかるようになったの。もしかすると、私もヤソ教になるかもしないわ。
北村 え? ヤソ教に?
俊子 ええ。……いえ、まだよく、わかんないけど、もしかすると、友兄さんのいう事が、いちばんホントじゃないかという気がする時があるの。……(不意にギクンとして、半身を起す)あ! あの――!
北村 (びっくりして)どうしたんだよ? どう――
俊子 お父さん、どこへ行ったの? え? お父さんどこへ行ったの?
北村 おじさんは、この上へ、あの――
俊子 ちがう! あぶない! 北村さん、早く。あの早く、お父さんをさがして!(ヨロヨロと立ちあがっている)
北村 え! どう――?(意味はわからないなりに俊子の様子があまりにただならないので、びっくりして、あわてて)なにを――?
俊子 早く! 北村さん! 早くさがして! 兄さん! 明兄さん! お父さんが――早く、早く!(北村が左手の傾斜をかけあがって行き、消える。俊子は両手を空に突き出して、ハダシで、そのへんの焼土の上を、さぐり歩きながら)明兄さん! 明兄さん!(叫ぶ)
明 う? ……(やっと[#「やっと」は底本では「やつと」]土から起きあがって、モーローとした眼で妹を見て)なんだ! どうしたんだよ!
俊子 早く、兄さん! 早く!
[#ここから3字下げ]
(そこへ、ここからは見えない崖の上で北村が、たまぎるような声で叫ぶのがきこえる)
[#ここで字下げ終わり]
俊子 あ!
明 どうしたんだよ、ぜんたい?
北村の声 早く来てくれえ、明君!
明 ……(崖の上を、まぶしそうに見あげて)なあんだよお!
俊子 早く行って兄さん! お父さんが――
明 ……(いきなりギャッ! というような叫びを上げ、兎が駆け出すように傾斜をかけのぼって行き、消える)
俊子 ……(今は声も出ず、見えぬ眼で、自分もそちらへ行こうと両手を突き出してウロウロする。壕舎の中では、リクが見も聞きもしないで、妙な手つきをつづけている。斜陽。飛行機のうなり声)

        7

[#ここから2字下げ]
 壁と鉄棒でできた非常にせまい箱の中。
 壁の上部の小さな空気穴からの明りが、箱の中をボンヤリと照らし出している。他にも同じような箱が並んでいるが、暗くてよく見えない。男1(背広)、男2(和服――ヒトエ)、男3(シャツにズボン)、男4(和服――ユカタ)、の四人が、ひどい暑さと倦怠にグッタリと疲れきって、壁に背をもたせ、互いに押し合ったまま、ギッシリと並んで坐っている。四人とも、帯やバンドやネクタイなしで、ひものようなものを帯のかわりにしている。語るべき事は語りつくし、互いにまったく興味を失い果てて、死んだような無表情。時間の進行が停止してしまったような不動の中で、男4だけが、立てヒザにのせた前に垂らした左手を始終ヒク、ヒク、ヒク、と脈搏が打つように動かしている。
 すこし離れた所から、静かな低い歌声。歌詞は聞きとれぬ。――間。
[#ここで字下げ終わり]

男1 ……(低くつぶやく)うるさいなあ。……うるさい。
男2 あれがきこえると、なお暑いような気がしゃあがる。お祈りをしているのかね?
男3 便所のそうじだ。
男4 ……頭ん中がスーッとする。……サンビ歌というものは、いいもんだね。
男2 わしにも便所そうじをやらしてくれんかなあ。ここに居るよりやマシだ。
男3 へっ、一日や二日じゃねえぞ、おおかた、もう一年になるんだぞ。三百六十五日だ。日に二度ずつなめて取ったようにキレイにするんだ。やれるもんなら、やって見ろい。
男4 へえ、すると、エスさまあ、ここへ来てから一年にもなるのかね?
男3 そうよ。……俺あせんに居た奴から聞いた。ヘヘ……なんしろ、今じゃ、ああして此処で別あつかいの、飼いごろしみてえになっているけど、はじめは、ずいぶんヤキを入れられたそうだ。左の腕も、それだ。なんしろ、憲兵隊でもやられたそうだからなあ。向うは荒いや。イキがとまった事が三度も四度もあるってんだからなあ。そんでも、ネをあげなかったそうだ。
男2 大将の父親が、あの大将のことを苦にして――世間に相済まねえというんで、とうとう、首をくくってしまったんだってねえ?
男3 お前どうしてそれを知ってる?
男2 こないだ調室で小耳
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